從容録 後

第五十一則 法眼
衆に示して云く、世法裏に多少の人を悟却し、佛法裏に多少の人を迷却す。忽然として打成一片ならば、還って迷悟を著得せんや也た無しや。

擧す。法眼、覺上座に問う、來か陸來か。覺云く、來。眼云く、甚麼の處にか在る。覺云く、は河裏にあり。覺退いて後、眼却って傍に問うて云く、道え適來の這の眼を具するや眼を具せざるや。

頌云、
水不洗水、金不博金。
昧毛色而得馬、
靡絲絃而樂琴。
結繩畫卦有這事、
喪盡眞淳盤古心。

頌に云く、水、水を洗わず、金、金に博えず。毛色に昧くして馬を得、絲絃靡くして琴を樂しむ。繩を結び卦を畫いて這の事あり、喪盡す眞淳盤古の心。

第五十二則 曹山法身
衆に示して云く、の有智のものは譬喩を以て解することを得、若し比することを得ず、類して齊うし難き處に到らば如何ぞ他に向せん。

擧す。曹山、尚座に問う、佛の眞法身は猶お空の若し、物に應じて形を現ずることは水中の月の如し。作麼生か箇の應ずる底の道理をかん。云く、驢の井をるが如し。山云く、道うことはち大だ道う、只八成を道い得たり。云く、和尚亦如何。山云く、井の驢をるが如し。

頌云、
井、井驢。
智容無外、淨涵有餘。
肘後誰分印、家中不蓄書。
機絲不掛梭頭事、
文彩縱横意自殊。

頌に云く、驢井を、井驢をる。智容れて外るる無く、淨涵して餘あり。肘後誰か印を分たん、家中書を蓄えず。機絲掛けず梭頭の事、文彩縱横意自ら殊なり。

第五十三則 黄檗
衆に示して云く、機に臨んで佛を見ず、大悟師を存せず。乾坤を定むる劍、人沒し、虎兒を擒うる機、聖解を忘ず。且く道え是れ甚麼人の作略ぞ。

擧す。黄檗、衆に示して云く、汝等人盡くこれ酒糟の漢。與麼に行脚せば何の處にか今日有らん。還って大唐國裏に禪師無きことを知るや。時に有り出て云く、只方の徒を匡し衆を領ずるが如きは又作麼生。檗云く、禪無しとは道わず、只是れ師無し。

頌云、
岐分絲染太勞勞、
葉綴花聨敗曹。
妙握司南造化柄、
水雲器具在甄陶。
屏割繁碎、剪除毛。
星衡藻鑑、玉尺金刀。
黄檗老察秋毫、
坐斷春風不放高。

頌に云く、岐分れ絲染めて太だ勞勞、葉綴り花聨って曹を敗す。妙に司南造化の柄を握って、水雲の器具甄陶に在り。繁碎を屏割し、毛を剪除す。星衡藻鑑、玉尺金刀。黄檗老秋毫を察す、春風を坐斷して高きことを放さず。

第五十四則 雲巖大悲
衆に示して云く、八面十方通暢、一切處放光動地、一切時妙用通、且く道え如何が發現せん。

擧す。雲巖、道吾に問う、大悲菩薩許多の手眼を用いて作麼かせん。吾云く、人の夜間に背手して枕子を摸するが如し。巖云く、我會せり。吾云く、汝作麼生か會す。巖云く、身是れ手眼。吾云く、道うことはち太道うち八成を得たり。巖云く、師兄作麼生。吾云く、通身是れ手眼。

頌云、
一竅通、八面
無象無私春入律、
不留不礙月行空。
淨寶目功臂、
身何似通身是。
現前手眼顯全機、
大用縱横何忌諱。

頌に云く、一竅通、八面。象無く私無く春律に入り、留せず礙せず月空に行く。淨の寶目功臂、身は通身の是に何似ぞ。現前の手眼全機を顯し、大用縱横何ぞ忌諱せん。

第五十五則 雪峰
衆に示して云く、冰は水よりも寒く、は藍より出づ。見、師に過ぎて方に傳授するに堪えたり。子を養って父に及ばざれば家門一世に衰う。且く道え父の機を奪う者は是れ甚麼人ぞ。

擧す。雪峰、山に在りて頭となる。一日遲し、山鉢を托げて法堂に至る。峰云く、這の老漢鐘未だ鳴らず鼓未だ響かざるに鉢を托げて甚麼の處に向て去るや。山、便ち方丈に歸る。峰、巖頭に擧似す。頭云く、大小の山末後の句を會せず。山、聞いて侍者をして巖頭を喚ばしめて問う、汝老を肯わざるか。巖遂に其の意を啓す。山、乃ち休し去る。明日に至って陞堂、果して尋常と同じからず。巖、掌を撫して笑って云く、且喜すらくは老漢末後の句を會せり、他後、天下人伊を奈何ともせじ。

頌云、
末後句會也無、
山父子太含胡。
座中亦有江南客、
莫向人前唱鷓鴣。

頌に云く、末後の句を會すや也無しや、山父子太だ含胡。座中亦江南の客あり、人前に向って鷓鴣を唱うること莫れ。

第五十六則 密師白兎
衆に示して云く、寧ろ永劫に沈淪すべくとも聖の解を求めず。提婆達多は無間獄中に三禪の樂を受け、鬱頭藍弗は有頂天上に飛狸の身に墮す。且く道え利害甚麼の處に在るや。

擧す。密師伯、洞山と行く次で、白兎子の面前に走過するを見て、密云く、俊なる哉。山云く、作麼生。密云く、白衣の相に拜せらるるが如し。山云く、老老大大として這箇の語話をなす。密云く、又作麼生。山云く、積代の簪纓暫時落薄す。

頌云、
抗力雷雪、平歩雲霄。
下惠出國、相如過橋。
蕭曹謀略能成漢、
許身心欲避尭。
寵辱若驚深自信、
參跡混漁樵。

頌に云く、力を雷雪に抗べ、歩を雲霄に平うす。下惠は國を出で、相如は橋を過ぐ。蕭曹が謀略能く漢を成し、許が身心尭を避けんと欲す。寵辱には若かも深く自ら信ぜよ、眞跡を參えて漁樵に混ず。

第五十七則 巖陽一物
衆に示して云く、影を弄して形を勞す、識らず形は影の本たることを。聲を揚げて響を止む、知らず聲は是れ響きの根なるを。若し牛を覓るに非んば便ち是れ楔を以て楔を去るならん。如何が此の過を免れ得ん。

擧す。巖陽尊者趙州に問う、一物不將來の時如何。州云く、放下著。巖云く、一物不將來箇の甚麼をか放下せん。州云く、恁麼ならば擔取し去れ。

頌云、
不防細行輸先手、
自覺心撞頭。
破局腰斧柯爛、
凡骨共仙游。

頌に云く、細行を防がず先手に輸く、自ら覺う心にしてらくは撞頭することを。局破れて腰斧柯爛る、凡骨を洗して仙と共に游ぶ。

第五十八則 剛經輕賤
衆に示して云く、經に依て義を解するは三世佛の寃、經の一字を離るれば返て魔に同じ。因に收めず果に入れざる底の人還て業報を受くるや也無しや。

擧す。金剛經に云く、若し人の爲に輕賤せられんに、是の人先世の罪業ありて應に惡道に墮すべきに、今世の人に輕賤せらるるが故に、先世の罪業ち爲に消滅す。

頌云、
綴綴功過、膠膠因果。
鏡外狂奔演若多、
杖頭撃著破竈墮。
竈墮破、來相賀。
却道從前辜負我。

頌に云く、綴綴たり功と過と、膠膠たり因と果と。鏡外狂奔す演若多、杖頭撃著す破竈墮。竈墮破す、來て相賀す。却って道う從前我に辜負すと。

第五十九則 林死蛇
衆に示して云く、去ればち留住し、住すればち遣去す。不去不住渠に國土なし、何れの處にか渠に逢わん。在在處處且く道え是れ甚麼物か恁麼に奇特なることを得るや。

擧す。林に問う、學人徑に往く時如何。林云く、死蛇大路に當る、子に勸む當頭すること莫れ。云く、當頭する時如何。林云く、子が命根を喪す。云く、當頭せざる時如何。林云く、亦廻避するに處なし。云く、正恁麼の時如何。林云く、却て失せり。云く、未審し甚麼の處に向って去るや。林云く、草深くして覓るに處なし。云く、和尚も也た須く防して始めて得べし。林掌を拊して云く、一等に是れ箇の毒氣と。

頌云、
三老暗轉
孤舟夜廻頭。
蘆花兩岸雪、
煙水一江秋。
風力扶帆行不楫、
笛聲喚月下滄洲。

頌に云く、三老暗にを轉じ、孤舟夜頭を廻す。蘆花兩岸の雪、煙水一江の秋。風力帆を扶けて行いて楫さず、笛聲月を喚んで滄洲に下る。

第六十則 鐵磨
衆に示して云く、鼻孔昂藏、各丈夫の相を具す。脚跟牢實、肯て老婆禪を學ばんや。無巴鼻の機關を透得せば、始めて正作家の手段を見ん。且く道え誰か是れ其人。

擧す。劉鐵磨、山に至る。山云く、老牛汝來るや。磨云く、來日、臺山に大會齋あり、和尚還て去らんや。山、身を放って臥す。磨、便ち出で去る。

頌云、
百戰功成老太平、
優柔誰肯苦爭衡。
玉鞭金馬閑終日、
明月風富一生。

頌に云く、百戰功成って太平に老う、優柔誰か肯て苦に衡を爭わん。玉鞭金馬閑に日を終う、明月風一生を富む。

第六十一則 乾峰一畫
衆に示して云く、曲は會し易し一手に分付す、直は會し難し十字に打開す。君に勸む分明に語ることを用いざれ、語り得て分明なれば出ずること轉た難し。信ぜずんば試に擧す看よ。

擧す。、乾峰に問う、十方薄伽梵一路涅槃門、未審路頭甚麼の處に在るや。峰杖を以て一畫して云く、這裏に在り。、擧して雲門に問う、門云く、扇子跳して三十三天に上り、帝釋の鼻孔に築著す。東海の鯉魚打つこと一棒すれば、雨盆の傾くに似たり、會すや會すや。

頌云、
入手還將死馬醫、
返魂香欲起君危。
一期拶出通身汗、
方信儂家不惜眉。

頌に云く、手に入って還って死馬を將て醫す、返魂香君が危きを起さんと欲す。一期通身の汗を拶出せば、方に信ぜん儂が家眉を惜まざることを。

第六十二則 米胡悟不
衆に示して云く、達磨の第一義諦梁武頭迷う、淨名の不二法門文殊口過る。還って入作の分有りや也無しや。

擧す。米胡、をして仰山に問わしむ、今時の人還って悟を假るや否や。山云く、悟はち無きに不ず、第二頭に落ることを爭奈何ん。廻って米胡に擧似す。胡深く之を肯う。

頌云、
第二頭分悟破迷、
快須撒手
功兮未盡成駢拇、
智也難知覺噬臍。
兎老冰盤秋露泣、
鳥寒玉樹曉風凄。
持來辨大仰眞假、
全無貴白珪。

頌に云く、第二頭悟を分って迷を破る、快に須らく手を撒して筌つべし。功未だ盡きず駢拇と成る、智や也た知り難く噬臍を覺ゆ。兎老いて冰盤秋露泣き、鳥寒うして玉樹曉風凄じ。持し來って大仰眞假を辨じ、痕全く無うして白珪を貴ぶ。

第六十三則 趙州問死
衆に示して云く、三聖と雪峰とは春蘭秋菊なり、趙州と投子とは卞璧燕金なり。無星秤上兩頭平なり、沒底中一處に渡る。二人相見の時如何。

擧す。趙州、投子に問う、大死底の人却って活する時如何。子云く、夜行を許さず明に投じて須く到るべし。

頌云、
芥城劫石妙窮初、
活眼環中照廓
不許夜行投曉到、
家音未肯付鴻魚。

頌に云く、芥城劫石妙に初を窮む、活眼環中廓を照す。夜行を許さず曉に投じて到る、家音未だ肯て鴻魚に付せず。

第六十四則 子昭承嗣
衆に示して云く、韶陽親しく睦州に見えて香を雪老に拈ず、投子面り圓鑒に承けて法を大陽に嗣ぐ。珊瑚枝上に玉花開き、蔔林中に金果熟す。且らく道え如何が造化し來らん。

擧す。子昭首座法眼に問う、和尚開堂何人に承嗣するや。眼云く、地藏。昭云く、太だ長慶先師に辜負す。眼云く、某甲長慶の一轉語を會せず。昭云く、何ぞ問わざる。眼云く、萬象之中獨露身、意作麼生。昭乃ち拂子を竪起す。眼云く、此は是れ長慶の處に學得する底なり、首座分上作麼生。昭、無語。眼云く、只萬象之中獨露身というが如きは是れ萬象を撥うか萬象を撥わざるか。昭云く、撥わず。眼云く、兩箇、參隨の左右皆撥うと云う。眼云く、萬象之中獨露身、

頌云、
離念見佛、破塵出經。
現成家法、誰立門庭。
月逐舟行江練淨、
春隨草上燒痕
撥不撥、聽叮嚀。
三徑就荒歸便得、
舊時松菊尚芳馨。

頌に云く、念を離れて佛を見、塵を破って經を出す。現成の家法、誰か門庭を立つ。月は舟を逐うて江練の淨きに行き、春は草に隨って燒痕のきに上る。撥と不撥と、聽くこと叮嚀にせよ。三徑荒に就て歸ること便ち得たり、舊時の松菊尚お芳馨。

第六十五則 首山新婦
衆に示して云く、沙沙、剥剥落落、蹶蹶、漫漫汗汗、咬嚼す可きこと沒く、近傍を爲し難し。且く道え是れ甚麼の話ぞ。

擧す。、首山に問う、如何なるか是れ佛。山云く、新婦驢に騎れば阿家牽く。

頌云、
新婦騎驢阿家牽、
體段風流得自然。
堪笑顰鄰舍女、
向人添醜不成妍。

頌に云く、新婦驢に騎れば阿家牽く、體段風流自然を得たり。笑うに堪えたり顰にう鄰舍の女、人に向って醜を添えて妍を成さず。

第六十六則 九峰頭尾
衆に示して云く、通妙用底も脚を放ち下さず、忘絶慮底も脚を擡げ起さず。謂つべし有時は走殺し、有時は坐殺すと。如何が恰好し去ることを得ん。

擧す。、九峰に問う、如何なるか是れ頭。峰云く、眼を開いて曉を覺えず。云く、如何なるか是れ尾。峰云く、萬年の牀に坐せず。云く、頭有って尾無き時如何。峰云く、終に是れ貴からず。云く、尾有って頭無き時如何。峰云く、と雖も力なし。云く、直に頭尾相稱うことを得る時如何。峰云く、兒孫力を得て室内知らず。

頌云、
規圓矩方、用行舍藏。
鈍躓棲蘆之鳥、
進退觸藩之羊。
喫人家、臥自家牀。
雲騰致雨、露結爲霜。
玉線相投透針鼻。
錦絲不斷吐梭腸、
石女機停兮夜色向午、
木人路轉兮月影移央。

頌に云く、規は圓に矩は方なり、用ゆれば行い舍つれば藏る。鈍躓蘆に棲むの鳥、進退藩に觸るの羊。人家のを喫して、自家の牀に臥す。雲騰って雨を致し、露結んで霜を爲す。玉線相投じて針鼻を透る。錦絲斷えず、梭、腸より吐く、石女機停んで夜色午に向う、木人路轉じて月影央を移す。

第六十七則 嚴經智慧
衆に示して云く、一塵萬象を含み、一念三千を具す。何に況んや天を頂き地に立つ丈夫兒、頭を道えば尾を知る靈利の漢、自ら己靈に辜負し家寶を埋沒すること莫しや。

擧す。華嚴經に云く、我今普く一切衆生を見るに、如來の智慧相を具有す。但妄想執著を以って證得せず。

頌云、
天蓋地載、成團作塊。
周法界而無邊、
析鄰而無内。
及盡玄微、誰分向背。
來償口業債。
問取南泉王老師、
人人只喫一莖菜。

頌に云く、天の如くに蓋い、地の如くに載せ、團を成し塊を作す。法界に周くして邊なく、鄰を析いて内無し。玄微を及盡す、誰か向背を分たん。佛來って口業の債を償う。南泉の王老師に問取して、人人只一莖菜を喫す。

第六十八則 夾山揮劍
衆に示して云く、寰中の天子の勅、外は將軍の令。有時は門頭に力を得、有時は室内に尊と稱す。且く道え是れ甚麼人ぞ。

擧す。、夾山に問う、塵を撥って佛を見る時如何。山云く、直に須らく劍を揮うべし。若し劍を揮わずんば漁父に棲まん。、擧して石霜に問う、塵を撥って佛を見る時如何。霜云く、渠に國土無し、何れの處にか渠に逢わん。、廻って夾山に擧似す。山、上堂して云く、門庭の施設は老に如かず、入理の深談は猶お石霜の百歩に較れり。

頌云、
拂牛劍氣洗兵威、
定亂歸功更是誰。
一旦氛埃四海、
埀衣皇化自無爲。

頌に云く、牛を拂う劍氣兵を洗う威、亂を定むる歸功更に是れ誰ぞ。一旦の氛埃四海にうし、衣を埀れて皇化自ら無爲。

第六十九則 南泉白
衆に示して云く、佛と成りと作るをば汚名を帶ぶと嫌い、角を戴き毛を披るをば推して上位に居く。所以に眞光は耀かず、大智は愚の若し。更に箇の聾に便宜とし、不采を佯わる底あり。知んぬ是れ阿誰ぞ。

擧す。南泉衆に示して云く、三世の佛有ることをしらず、狸奴白却って有ることを知る。

頌云、
跛跛挈挈、
百不可取、一無所堪。
默默自知田地穩。
騰騰誰謂肚皮
普周法界渾成
鼻孔埀信參。

頌に云く、跛跛挈挈、。百取るべからず、一も堪ゆる所無し。默默自ら知る田地の穩かなることを。騰騰誰か肚皮なりと謂わん。普周法界渾てと成す、鼻孔埀として參に信す。

第七十則 進山問聖
衆に示して云く、香象の河を渡るを聞く底も已に流に隨って去る、生は不生の性なるを知る底も生の爲に留めらる。更に定前定後笋と作りと作ることを論ぜば、劍去て久し。爾方に舟を刻むなり。機輪を轉して作麼生か別に一路を行ぜん。試にう擧す看よ。

擧す。進山主、脩山主に問うて云く、明かに生は不生の性なることを知らば、甚麼と爲てか生の爲に留めらるるや。脩云く、筍畢竟竹と成り去る、如今と作して使うこと還って得てんや。進云く、汝向後自ら悟り去ること在らん。脩云く、某甲只此の如し上座の意旨如何。進云く、這箇は是れ監院房、那箇は是れ典座房。脩、便ち禮拜す。

頌云、
豁落亡依、高閑不覊。
家邦平帖到人稀、
些些力量分階級。
蕩蕩身心絶是非。
是非絶、
介立大方無軌轍。

頌に云く、豁落として依を亡じ、高閑にして覊されず。家邦平帖到る人稀なり、些些の力量階級を分つ。蕩蕩たる身心是非を絶す。是非絶す、介り大方に立って軌轍無し。

第七十一則 翠巖眉毛
衆に示して云く、血を含んで人に噴く自ら其の口を汚す、杯を貪って一世人の債を償る。紙を賣ること三年鬼錢を缺く、萬松人の爲にす。還って擔干計の處有りや也た無しや。

擧す。翠巖、夏末に衆に示して云く、一夏以來兄弟の爲に話す。看よ、翠巖が眉毛在りや。保云く、賊と作る人心なり。長慶云く、生ぜり。雲門云く、關。

頌云、
作賊心、過人膽、
歴歴縱横對機感。
雲門也埀鼻欺脣、
翠巖長慶也脩眉映眼。
杜禪和有何限、
剛道意句一齊
埋沒自己也飲氣呑聲、
帶累先宗也面牆擔板。

頌に云く、賊と作る心、人に過ぎたる膽、歴歴縱横機感に對す。保雲門埀鼻脣を欺き、翠巖長慶脩眉眼に映ず。杜禪和何の限か有らん、剛て道う意句一齊にると。自己を埋沒して氣を飲み聲を呑む、先宗を帶累して牆に面い板を擔う。

第七十二則 中邑
衆に示して云く、江を隔てて智を鬪わしめ、甲を遯け兵を埋む。覿面すれば眞鎗實劍を相持す、衲の全機大用を貴ぶ所以なり。慢より緊に入る、試に吐露す、看よ。

擧す。仰山中邑に問う、如何なるか是れ佛性の義。邑云く、我が與に箇の譬喩をかん。室に六有り中に一猴を安く、外に人有りて喚んでと云えばち應ず、是の如く六倶に喚べば倶に應ずるが如し。仰云く、只猴睡る時の如きは又作麼生。邑乃ち禪牀を下って把住して云く、と相見せり。

頌云、
凍眠雪屋歳摧頽、
窈窕蘿門夜不開。
寒槁園林看變態、
春風吹起律筒灰。

頌に云く、雪屋に凍眠して歳摧頽、窈窕たる蘿門夜開かず。寒槁せる園林變態を看る、春風吹き起す律筒の灰。

第七十三則 曹山孝滿
衆に示して云く、草に依り木に附き去って靈となり、屈を負い寃を啣んで來て鬼崇となる。之を呼ぶ時は錢を燒き馬を奏む、之を遣る時は水を呪し符を書す。如何が家門平安なることを得去らん。

擧す。、曹山に問う、靈衣掛けざる時如何。山云く、曹山今日孝滿。云く、孝滿の後如何。山云く、曹山顛酒を愛す。

頌云、
白門庭四絶鄰、
長年關掃不容塵。
光明轉處傾殘月、
爻象分時却建寅。
新滿孝、便逢春、
醉歩狂歌任墮巾。
散髪夷猶誰管係、
太平無事酒顛人。

頌に云く、白の門庭四に鄰を絶す、長年關し掃って塵を容れず。光明轉ずる處傾いて月を殘す、爻象分るる時却って寅に建す。新に孝を滿じ、便ち春に逢う、醉歩狂歌墮巾に任す。散髪夷猶誰か管係せん、太平無事酒顛の人。

第七十四則 法眼質名
衆に示して云く、富萬を有って蕩として纖塵無し、一切の相を離れて一切の法にす。百尺竿頭に歩を進めて、十方世界に身を全うす。且く道え甚麼の處より得來るや。

擧す。、法眼に問う、承るに言えること有り無住の本より一切の法を立すと、如何なるか是れ無住の本。眼云く、形は未質より興り、名は未名より起る。

頌云、
沒蹤跡、斷消息。
白雲無根、風何色。
散乾蓋而非心、持坤輿而有力。
洞千古之淵源、造萬象之模則。
刹塵道會也處處普賢、
樓閣門開也頭頭彌勒。

頌に云く、沒蹤跡、斷消息。白雲根無し、風何の色ぞ。乾蓋を散じて心あるに非ず、坤輿を持して力有り。千古の淵源を洞にし、萬象の模則を造る。刹塵の道會するや處處普賢、樓閣の門開くるや頭頭彌勒。

第七十五則 瑞巖常理
衆に示して云く、喚んで如如と作す早く是れ變ぜり、智不到の處切に忌む道著することを。這裏還って參究の分有りや也無しや。

擧す。瑞巖、巖頭に問う、如何なるか是れ本常の理。頭云く、動ぜり。巖云く、動の時如何。頭云く、本常の理を見ず。巖、佇思す。頭云く、肯う時はち未だ根塵をせず、肯わざる時は永く生死に沈む。。

頌云、
圓珠不穴、大璞不琢。
道人所貴無稜角。
拈却肯路根塵空、
體無依活卓卓。

頌に云く、圓珠穴あらず、大璞は琢せず。道人の貴ぶ所稜角無し。肯路を拈却すれば根塵空ず、體無依活卓卓。

第七十六則 首山三句
衆に示して云く、一句に三句を明し、三句に一句を明す。三一相渉らず、分明なり向上の路。且く道え那の一句か先に在る。

擧す。首山衆に示して云く、第一句に薦得すれば佛の與に師と爲る、第二句に薦得すれば人天の與に師と爲る、第三句に薦得すれば自救不了。云く、和尚は是れ第幾句に薦得するや。山云く、月落て三更、市を穿って過ぐ。

頌云、
髑髏穿一串、
宮漏沈沈密傳箭。
人天機要發千鈞、
雲陣輝輝急飛電。
箇中人看轉變。
遇賤則貴貴則賤。
得珠罔象兮至道綿綿、
游刃亡牛兮赤心片片。

頌に云く、佛の髑髏一串に穿つ、宮漏沈沈密に箭を傳う。人天の機要千鈞を發し、雲陣輝輝として急に電を飛す。箇中の人轉變を看よ。賤に遇うては則ち貴、貴は則ち賤。珠を罔象に得て至道綿綿たり、刃を亡牛に游ばしめて赤心片片たり。

第七十七則 仰山隨分
衆に示して云く、人の空に畫くが如き、筆を下さばち錯る。那ぞ模を起して樣を作すに堪えん、甚麼を爲すに堪えんや。○萬松已に是れ栓索を露わす、條あれば條を攀じ、條無ければ例を攀ず。

擧す。、仰山に問う、和尚還って字を知るや否や。山云く、分に隨う。乃ち右旋一匝して云く、是れ甚麼の字ぞ。山、地上に於いて箇の十の字を書す。左旋一匝して云く、是れ甚麼の字ぞ。山、十の字を改めて卍の字と作す。一圓相を畫いて兩手を以て托げて修羅の日月を掌にする勢の如くにして云く、是れ甚麼の字ぞ。山乃ち圓相を畫いて卍の字を圍却す。乃ち樓至の勢を作す。山云く、如是如是、汝善く護持せよ。

頌云、
道環之靡盈、空印之字未形。
妙運天輪地軸、密羅武緯文經。
放開捏聚、獨立周行。
機發玄樞兮天激電、
眼含紫光兮白日見星。

頌に云く、道環の盈靡く、空印の字未だ形れず。妙に天輪地軸を運し、密に武緯文經を羅らぬ。放開捏聚、獨立周行。機、玄樞を發して天に電を激す、眼に紫光を含んで白日に星を見る。

第七十八則 雲門餬餠
衆に示して云く、天に價を索むれば搏地に相酬う、百計經求一場の還って進退を知り休咎を識る底有りや。

擧す。、雲門に問う、如何なるか是れ超佛越の談。門云く、餬餠。

頌云、
餬餠云超佛談、
句中味無若爲參。
一日如知
方見雲門面不慙。

頌に云く、餬餠を超佛の談と云う、句中に味無し若爲が參ぜん。衲一日如しくことを知らば、方に見ん雲門の面慙じざることを。

第七十九則 長沙進歩
衆に示して云く、金沙灘頭の馬郎婦、別に是れ、瑠璃瓶裏にを擣く、誰か敢て轉動せん。人を驚かす浪に入らずんば意に稱うの魚に逢い難し、行大歩の一句作麼生。

擧す。長沙、をして會和尚に問わしむ、未だ南泉に見えざる時如何。會良久す。云く、見えて後如何。會云く、別に有るべからず。廻って沙に擧似す。沙云く、百尺竿頭に坐する底の人、然も得入すと雖も未だ眞と爲さず、百尺竿頭須らく歩を進むべし、十方世界是れ全身。云く、百尺竿頭如何が歩を進めん。沙云く、朗州の山、州の水。云く、不會。沙云く、四海五湖王化の裏。

頌云、
玉人夢破一聲鷄、
轉盻生涯色色齊。
有信風雷摧出蟄、
無言桃李自成蹊。
及時節力耕犁、
誰怕春疇沒脛泥。

頌に云く、玉人夢破る一聲の鷄、轉盻すれば生涯色色齊し。有信の風雷出蟄を摧し、無言の桃李自から蹊を成す。時節に及んで耕犁を力む、誰か怕れん春疇脛を沒する泥。

第八十則 龍牙過板
衆に示して云く、大音は聲希れに、大器は晩成す。盛忙百鬧の裏に向って呆と佯り、匕古千年の後を待って慢す、且く道え是れ如何なる底の人ぞ。

擧す。龍牙翠微に問う、如何なるか是れ師西來意。微云く、我が與に禪板を過し來れ。牙、禪板を取って翠微に與う。微、接得して便ち打つ。牙云く、打つことはち打つに任す、要且つ西來意無し。又臨濟に問う、如何なるか是れ師西來意。濟云く、我が與に蒲團を將ち來れ。牙、蒲團を取って臨濟に與う。濟、接得して便ち打つ。牙云く、打つことはち打つに任す、要且つ師意無し。牙、後に住院す、問う、和尚當年翠微と臨濟とに意を問う、二尊宿明すや也未しや。牙云く、明すことはち明す、要且つ師意無し。

頌云、
蒲團禪板對龍牙、
何事當機不作家。
未意成褫明目下、
恐將流落在天涯。
空那挂劍、星漢却浮槎。
不萠草解藏香象、
無底籃能著活蛇。
今日江湖何障礙、
通方津渡有車。

頌に云く、蒲團禪板龍牙に對す、何事ぞ機に當って作家ならざる。未だ成褫して目下に明なることを意わず、流落して天涯に在らんとすることを恐る。空那ぞ劍を挂けん、星漢却って槎を浮ぶ。不萠の草に香象を藏すことを解し、無底の籃に能く活蛇を著く。今日江湖何の障礙かあらん、通方の津渡に車有り。

第八十一則 玄沙到縣
衆に示して云く、動ずればち影現じ、覺すればち塵生ず。擧起すれば分明、放下すれば隱密。本色道人の相見如何が話せん。

擧す。玄沙蒲田縣に至る、百戲して之を迎う。次日小塘長老に問う、昨日許多の喧鬧甚麼の處に向って去るや。小塘袈裟角を提起す。沙云く、挑沒交渉。

頌云、
夜壑藏舟、澄源著棹。
龍魚未知水爲命、
折筋不妨聊一撹。
玄沙師、小塘老。
函蓋箭峰、探棹影草。
潛縮也老龜蓮、
遊戲也華鱗弄藻。

頌に云く、夜壑に舟を藏し、澄源に棹を著く。龍魚は未だ知らず水を命と爲すことを、折筋は妨げず聊か一撹することを。玄沙師、小塘老。函蓋箭峰、探棹影草。潛縮や老龜蓮にい、遊戲や華鱗藻を弄す。

第八十二則 雲門聲色
衆に示して云く、聲色を斷ぜざれば是れ隨處墮、聲を以って求め色を以って見れば如來を見ず。路に就いて家に還る底有ること莫しや。

擧す。雲門衆に示して云く、聞聲悟道、見色明心、觀世音菩薩錢を將ち來って餬餠を買う、手を放下すれば却って是れ饅頭。

頌云、
出門躍馬掃搶、
萬國煙塵自肅
十二處亡閑影響、
三千界放淨光明。

頌に云く、門を出で馬を躍らして搶を掃う、萬國の煙塵自ら肅。十二處亡ず閑影響、三千界に淨光明を放つ。

第八十三則 道吾看病
衆に示して云く、通身を病と做す摩詰痊え難し、是れ草、醫するに堪えたり。文殊善く用ゆ、爭でか向上の人に參取し、箇の安樂の處を得るに如かん。

擧す。山、道吾に問う、甚麼の處より來る。吾云く、看病し來る。山云く、幾人有って病む。吾云く、病者と不病者と有り。山云く、不病者は是れ智頭陀なること莫しや。吾云く、病と不病と總に他の事に干らず、速かに道え。山云く、道い得るも也沒交渉。

頌云、
妙藥何曾過口、
醫莫能捉手。
若存也渠本非無、
也渠本非有。
不滅而生、不亡而壽。
全超威音之前、
獨歩劫空之後。
成平也天蓋地
運轉也烏飛兎走。

頌に云く、妙藥何ぞ曾て口を過さん、醫も能く手を捉うること莫し。存するが若にして渠本無に非ず、至にして渠本有に非ず。滅せずして生じ、亡びずして壽し。全く威音の前に超え、獨劫空の後に歩す。成平や天蓋い地ぐ、運轉や烏飛び兎走る。

第八十四則 倶胝一指
衆に示して云く、一聞千悟一解千從、上士は一決して一切了ず、中下は多聞なれども多く信ぜず。尅的簡當の處試に拈出す看よ。

擧す。倶胝和尚凡そ所問あれば只一指を竪つ。

頌云、
倶胝老子指頭禪、
三十年來用不殘。
信有道人方外
了無俗物眼前看。
所得甚簡、施設彌
大千刹海飮毛端、
鱗龍無限落誰手。
珍重任公把釣竿、
師復竪起一指云、看。

頌に云く、倶胝老子指頭の禪、三十年來用不殘。信に道人方外の有り、了に俗物の眼前に看る無し。所得甚だ簡に、施設彌し。大千刹海毛端に飮む、鱗龍限無し誰が手にか落つ。珍重す任公釣竿を把ることを、師復た一指を竪起して云く、看よ。

第八十五則 國師塔樣
衆に示して云く、空を打破する底の鎚、華嶽を擘開する底の手段あって始めて元縫罅無き處、瑕痕を見ざる處に到る、且く誰か是れ恁麼の人ぞ。

擧す。肅宗帝、忠國師に問う、百年の後所須何物ぞ。こく師云く、老が爲に箇の無縫塔を作れ。帝云く、う師塔樣。國師良久して云く、會すや。帝云く、不會。國師云く、吾に付法の弟子耽源というもの有り却って此事を諳ず。後に帝耽源に詔して此意如何と問う。源云く、相の南譚の北、中に黄金有り一國に充つ、無影樹下の合同、瑠璃殿上に知識無し。

頌云、
孤迥迥、圓陀陀。
眼力盡處高峨峨。
月落潭空夜色重、
雲收山痩秋容多。
八卦位正、五行氣和。
身先在裏見來麼。
南陽父子兮却似知有、
西竺佛兮無如奈何。

頌に云く、孤迥迥、圓陀陀。眼力盡る處高して峨峨たり。月落ち潭空うして夜色重し、雲收り山痩て秋容多し。八卦位正しく、五行氣和す。身先ず裏に在り見來るや。南陽父子却って有ることを知るに似たり、西竺の佛如奈何ともする無し。

第八十六則 臨濟大悟
衆に示して云く、銅頭鐵額、天眼龍睛、雕觜魚顋、熊心豹膽なるも、金剛劍下是れ計ること納れず、一籌すること獲ず、甚麼としてか此の如くなる。

擧す。臨濟、黄檗に問う、如何なるか是れ佛法的的の大意。檗便ち打つ。是の如きこと三度乃ち檗を辭して大愚に見ゆ。愚、問う、甚麼の處より來たる。濟云く、黄檗より來たる。愚云く、黄檗何の言句か有りし。濟云く、某甲三び佛法的的の大意を問い三度棒を喫す、知らず過有りや過無しや。愚云く、黄檗恁麼に老婆が爲に徹困なることを得たり。更に來って有過無過を問う。濟、言下に大悟す。

頌云、
九包之雛、千里之駒。
眞風度籥、靈機發樞。
劈面來時飛傳急、
迷雲破處大陽孤。
虎鬚、見也無。
箇是雄雄大丈夫。

頌に云く、九包の雛、千里の駒。眞風籥を度し、靈機樞を發す。劈面に來たる時飛傳急なり、迷雲破る處大陽孤なり。虎鬚をづ、見や也無や。箇は是れ雄雄たる大丈夫。

第八十七則 疎山有無
衆に示して云く、門闔さんと欲すれば一拶して便ち開く、沈まんと欲すれば一して便ち轉ず。車箱谷に入って歸路無し、箭筈天に通じて一門有り。且く道え甚麼の處に向って去るや。

擧す。疎山、山に到って便ち問う、承る、師言えること有り、有句無句は藤の樹に倚るが如しと、忽然として樹倒るれば藤枯る、句何の處に歸するや。山、呵呵大笑す。疎山云く、某甲四千里に布單を賣り來る、和尚何ぞ相弄することを得たる。、侍者を喚んで錢を取って這の上座に還せと。遂に囑して云く、向後獨眼龍有って子が爲に點破し去ること在らん。後に明昭に到りて前話を擧す。昭云く、山をば頭正しく尾正しと謂つべし、只是れ知音に遇わず。疎復問う、樹倒るれば藤枯る、句は何の處に歸するや。昭云く、更に山をして笑轉た新ならしむ。疎、言下に於て省有り。乃ち云く、山元來笑裏に刀有り。

頌云、
藤枯樹倒問山、
大笑呵呵豈等閑。
笑裏有刀窺得破、
言思無路絶機關。

頌に云く、藤枯れ樹倒れて山に問う、大笑呵呵豈等閑ならんや。笑裏刀有り窺得破す、言思路無うして機關を絶す。

第八十八則 楞嚴不見
衆に示して云く、見有り不見有り日午燈を點ず、見無く不見なし夜半墨を溌ぐ。若し見聞は幻翳の如くなるを信ぜば、方に聲色空華の若くなることを知らん。且く道え中還って衲話有りや。

擧す。楞嚴經に云く、吾が不見の時、何ぞ吾が不見の處を見ざる。若し不見を見るというは自然に彼の不見の相に非ず。若し吾が不見の地を見ずんば自然に物に非ず。云何ぞ汝に非ざらん。

頌云、
滄海瀝乾、大充滿。
鼻孔長、古佛舌頭短。
珠絲度九曲、玉機纔一轉。
直下相逢誰識渠、
始信斯人不合伴。

頌に云く、滄海を瀝乾し、大に充滿す。衲鼻孔長く、古佛舌頭短し。珠絲九曲を度し、玉機纔かに一轉す。直下相逢うて誰か渠を識らん、始めて信ず、斯人伴うべからざることを。

第八十九則 洞山無草
衆に示して云く、動ずる時は身を千丈に埋む、動ぜざる時は當處に苗を生ず。直に須らく兩頭撒開し中間放下するも、更に草鞋を買って行脚して始めて得べし。

擧す。洞山、衆に示して云く、秋初夏末兄弟或は東し或は西す、直に須らく萬里無寸草の處に向って去るべし。又云く、只萬里無寸草の處作麼生か去らん。石霜云く、門を出れば便ち是れ草。大陽云く、直に道わん門を出でざるも亦是れ草漫漫地。

頌云、
草漫漫、門裏門外君自看。
荊棘林中下脚易、
夜明簾外轉身難。
看看、幾何般。
且隨老木同寒瘠、
將逐春風入燒瘢。

頌に云く、草漫漫、門裏門外君自ら看よ。荊棘林中脚を下すことは易く、夜明簾外身を轉ずること難し。看よ看よ、幾何般ぞ。且く老木に隨て寒瘠を同うす、將に春風を逐うて燒瘢に入らんとす。

第九十則 仰山謹白
衆に示して云く、屈原獨醒む正に是れ爛醉、仰山夢をく恰も覺時に似たり。且く道え萬松恁麼に人恁麼に聽く、且く道え是れ覺か、是れ夢か。

擧す。仰山夢に彌勒の所に往き第二座に居す。尊者白して云く、今日第二座の法に當る。山乃ち起て白槌して云く、摩訶衍の法は四句を離れ百非を絶す。謹んで白す。

頌云、
夢中擁衲參耆舊、
列聖森森坐其右。
當仁不讓椎鳴、
法無畏獅子吼。
心安如海、膽量如斗。
鮫目泪流、蚌腸珠剖。
譫語誰知泄我機、
眉應笑揚家醜。
離四句絶百非、
馬師父子病休醫。

頌に云く、夢中衲を擁して耆舊に參ず、列聖森森として其の右に坐す。仁に當って讓らず椎鳴る、法無畏獅子吼す。心安きこと海の如く、膽量斗の如し。鮫目泪流れ、蚌腸珠剖る。譫語誰か知らん我機を泄すことを、眉應に笑うべし家醜を揚ぐることを。四句を離れ百非を絶す、馬師父子病に醫を休む。

第九十一則 南泉牡丹
衆に示して云く、仰山は夢中を以て實と爲し、南泉は覺處を指してと爲す。若し覺夢元無なるを知らば始めて實待を絶することを信ぜん。且く道え斯人甚麼の眼を具するや。

擧す。南泉因に陸亘大夫云く、肇法師也た甚だ奇特なり、道うことを解す、天地同根萬物一體と。泉庭前の牡丹を指して云く、大夫時の人、此一株の花を見ること夢の如くに相似たり。

頌云、
照徹離微造化根、
紛紛出沒見其門。
劫外問何有、
著眼身前知妙存。
虎嘯蕭蕭巖吹作、
龍吟冉冉洞雲昏。
南泉點破時人夢、
要識堂堂補處尊。

頌に云く、離微造化の根に照徹し、紛紛たる出沒其の門を見る。を劫外に游ばしめて問う、何かあらん、眼を身前に著けて知妙に存す。虎嘯けば蕭蕭として巖吹作り、龍吟ずれば冉冉として洞雲昏し。南泉時人の夢を點破して、堂堂たる補處の尊を識らんと要す。

第九十二則 雲見一寶
衆に示して云く、游戲通の大三昧を得、衆生語言の陀羅尼を解し、睦州秦時の輅鑽を轉し、雪峰南山の鼈鼻蛇を弄出す。還って此の人を識得すや。

擧す。雲門大師云く、乾坤の内、宇宙の間、中に一寶有り、形山に祕在す、燈篭を拈じて佛殿裏に向う、三門を將て燈篭上に來す。

頌云、
收卷餘懷厭事華、
歸來何處是生涯。
爛柯樵子疑無路、
桂樹壷公妙有家。
夜水金波浮桂影、
秋風雪陣擁蘆花。
寒魚著底不呑餌、
興盡歌却轉槎。

頌に云く、餘懷を收卷して事華を厭う、歸り來って何の處か是れ生涯。爛柯樵子路無きかを疑い、桂樹の壷公妙に家有り。夜水金波桂影を浮べ、秋風雪陣蘆花を擁す。寒魚底に著いて餌を呑まず、興盡きて歌却って槎を轉ず。

第九十三則 魯不會
衆に示して云く、荊珍鵲を抵ち、老鼠金を啣む。其の寶を識らず、其の用を得ず。還って頓に衣珠を省する底有りや。

擧す。魯、南泉に問う、摩尼珠人識らず、如來藏裏に親しく收得す、如何なるか是れ藏。泉云く、王老師汝と往來するもの是。云く、往來せざる者は。泉云く、亦是れ藏。云く、如何なるか是れ珠。泉召して云く、師、應諾す。泉云く、去れ、汝我語を會せず。

頌云、
別是非明得喪、
應之心指掌。
往來不往來、
只這倶是藏。
輪王賞之有功、
黄帝得之罔象。
轉樞機能伎倆、
明眼衲無鹵莽。

頌に云く、是非を別ち得喪を明し、之を心に應じを掌に指す。往來不往來、只這れ倶に是れ藏。輪王之を有功に賞し、黄帝之を罔象に得たり。樞機を轉じ伎倆を能くす、明眼の衲鹵莽なること無れ。

第九十四則 洞山不安
衆に示して云く、下、上を論ぜず、卑、尊を動ぜず。能く己を攝して佗に從うと雖も、未だ輕を以て重を勞すべからず。四大不調の時如何が侍養せん。

擧す。洞山不安。問う、和尚病む、還って病まざる者有りや。山云く、有り。云く、病まざる者は還って和尚を看るや否や。山云く、老他を看るに分有り。云く、和尚他を看る時如何。山云く、ち病有ることを見ず。

頌云、
卸却臭皮袋、拈轉赤肉團。
當頭鼻孔正、直下髑髏乾。
老醫不見從來癖、
少子相看向近難。
野水痩時秋潦退、
白雲斷處舊山寒。
須勦絶、莫
轉盡無功伊就位、
孤標不與汝同盤。

頌に云く、臭皮袋を卸却し、赤肉團を拈轉す。當頭鼻孔正しく、直下髑髏乾く。老醫從來の癖を見ず、少子相看して向近すること難し。野水痩する時秋潦退き、白雲斷ゆる處舊山寒し。須らく勦絶すべし、すること莫れ。無功を轉盡して伊位就く、孤標汝と盤を同うせず。

第九十五則 臨濟一畫
衆に示して云く、佛來るも打し、魔來るも打し、理有るも三十、理無きも三十。爲復是れ錯って怨讐を認むるか、爲復是れ善を分たざるか。試に道え看ん。

擧す。臨濟、院主に問う、甚麼の處よりか來たる。主云く、州中に黄米を糶り來る。濟云く、糶得し盡すや。主云く、糶得し盡す。濟杖を以て一畫して云く、還って這箇を糶得せんや。主便ち喝す。濟便ち打つ。次に典座至る、前話を擧す。座云く、院主和尚の意を會せず。濟云く、爾又作麼生。座便ち禮拜す。濟亦打つ。

頌云、
臨濟全機格調高、
棒頭有眼辨秋毫。
掃除孤兎家風峻、
變化魚龍電火燒。
活人劍、殺人刀。
倚天照雪利吹毛、
一等令行滋味別。
十分痛處是誰遭。

頌に云く、臨濟の全機格調高し、棒頭に眼有り秋毫を辨ず。孤兎を掃除して家風峻なり、魚龍を變化して電火燒く。活人劍、殺人刀。天に倚て雪を照し吹毛を利し、一等に令行じて滋味別なり。十分の痛處是れ誰か遭わん。

第九十六則 九峰不肯
衆に示して云く、雲居は戒珠舍利を憑まず、九峰は坐立亡を愛せず、牛頭は百鳥花を啣むことを要せず、黄檗は杯を浮べて水を渡ることを羨まず。且く道え何の長處有るや。

擧す。九峰、石霜に在って侍者と作る。霜遷化の後、衆堂中の首座をして住持を接續せしめんとす。峰肯わず、乃ち云く、某甲が問過せんを待て、若し先師の意を會せば先師の如くに侍奉せん。遂に問う、先師道く、休し去り、歇し去り、一念萬年にし去り、寒灰枯木にし去り、一條白練にし去ると、且く道え甚麼邊の事を明すや。座云く、一色邊の事を明す。峰云く、恁麼ならば則ち未だ先師の意を會せざるあり。座云く、我を肯わざるや、香を装い來れ。座乃ち香を焚いて云く、我若し先師の意を會せずんば香煙起る處し去ることを得じ。言い訖って便ち坐す。峰乃ち其の背を撫して云く、坐立亡は則ち無きにあらず、先師の意は未だ夢にだも見ざるあり。

頌云、
石霜一宗、親傳九峰。
香煙去、正脈難通。
鶴作千年夢、
雪屋人迷一色功。
坐斷十方猶點額、
密移一歩見飛龍。

頌に云く、石霜の一宗、親しく九峰に傳う。香煙にし去り、正脈通じ難し。月の鶴は千年の夢を作し、雪屋の人は一色の功に迷う。十方を坐斷するも猶點額す、密に一歩を移さば飛龍を見ん。

第九十七則 光帝
衆に示して云く、達磨梁武に朝す、本、心を傳えんが爲なり。鹽官大中を識る眼を具するを妨げず、天下太平國王長壽と云って天威を犯さず、日月景を停め四時和適すと云って風化を光かにすることあり。人王と法王との相見には合に何事をか談ずべき。

擧す。同光帝、興化に謂って云く、寡人中原の一寶を收め得たり。只是れ人の價を酬る無し。化云く、陛下の寶を借せ看ん。帝兩手を以て頭脚を引く。化云く、君王の寶誰か敢て價を酬いん。

頌云、
君王底意語知音、
天下傾誠葵心。
出中原無價寶、
不同趙璧與燕金。
中原之寶呈興化、
一段光明難定價。
帝業堪爲萬世師、
金輪景耀四天下。

頌に云く、君王の底意知音に語る、天下誠を傾く葵の心。出す中原無價の寶、趙璧と燕金とに同じからず。中原の寶興化に呈す、一段の光明價を定め難し。帝業萬世の師となるに堪えたり、金輪の景は四天下を耀す。

第九十八則 洞山常切
衆に示して云く、九峰舌を截って石霜を追和し、曹山頭を斫って洞嶺に辜かず。古人三寸、恁麼に密なることを得たり。且く爲人の手段甚麼の處に在るや。

擧す。、洞山に問う、三身の中那の身か數に墮せざる。山云く、吾れ常に此に于て切なり。

頌云、
不入世、未循
劫壷空處有家傳。
白蘋風細秋江暮、
古岸歸一帶煙。

頌に云く、世に入らず、未だに循わず。劫壷空處に家傳あり。白蘋風は細なり秋江の暮、古岸は歸る一帶の煙。

第九十九則 雲門鉢桶
衆に示して云く、棊に別智あり、酒に別腸あり、狡兎三穴、猾胥萬倖、箇の頭底有り。且く道え是れ誰そ。

擧す。、雲門に問う、如何なるか是れ塵塵三昧。門云く、鉢裏桶裏水。

頌云、
鉢裏桶裏水、
開口見膽求知己。
擬思便落二三機、
對面忽成千萬里、
韶陽師較些子、
斷金之義兮誰與相同。
匪石之心兮獨能如此。

頌に云く、鉢裏桶裏水、口を開き膽を見わして知己を求む。思わんと擬すれば便ち二三機に落つ、對面忽ち千萬里となる、韶陽師些子に較れり、斷金の義誰か與に相同じからん。匪石の心獨り能く此の如し。

第百則 瑯山河
衆に示して云く、一言以て國を興すべく、一言以て國を喪うべし。此の藥又能く人を殺し亦能く人を活す。仁者は之を見て之を仁と謂い、智者は之を見て之を智と謂う。且く道え利害甚麼の處に在るや。

擧す。、瑯の覺和尚に問う、淨本然云何が忽ち山河大地を生ず。覺云く、淨本然、云何忽生山河大地。

頌云、
見有不有、飜手覆手。
山裏人、不落瞿曇後。

頌に云く、有を見て有とせず、飜手覆手。瑯山裏の人、瞿曇の後に落ちず。