碧巖録 後

第五十一則 雪峰の是れ什麼ぞ
垂示に云く、纔に是非有らば、紛然として心を失う。階級に落ちざれば、又た摸索すること無し。且道、放行するがち是か、把住するがち是か。這裏に到り、若し一絲毫の解路有らば、猶お言詮に滯り、尚お機境に拘われ、盡く此れ依草附木。直饒便ち獨の處に到るも、未だ免れず萬里に關を望むを。還た搆り得ずんば、且は只だ箇の現成公案を理會せよ。試みに擧し看ん。

擧す。雪峰住庵の時、兩有り、來たり禮拜す。峰、來たるを見て、手を以て庵門を托き、身を放って出でて云く、是れ什麼ぞ。も亦た云く、是れ什麼ぞ。峰、低頭て庵に歸る。、後に巖頭に到る。頭問う、什麼處よりか來たる。云く、嶺南より來たる。頭云く、曾て雪峰に到るや。云く、曾て到る。頭云く、何の言句か有りし。、前話を擧す。頭云く、他は什麼とか道いし。云く、他は語無く、低頭て庵に歸れり。頭云く、噫、我當初悔ゆらくは他に末後の句を道わざりしことを。若し伊に道わば、天下の人、雪老を奈何ともせず。、夏末に至り、再び前話を擧してす。頭云く、何ぞ早く問わざる。云く、未だ敢て容易せず。頭云く、雪峰は我と同じ條に生ると雖も、我と同じ條に死せず。末後の句を識らんと要せば、但だ這れ是なるのみ。

末後句、爲君
明暗雙雙底時節。
同條生也共相知、
不同條死還殊絶。
還殊絶。
黄頭碧眼須甄別。
南北東西歸去來、
夜深同看千巖雪。

末後の句、君が爲にう。明暗雙雙、底の時節ぞ。同じ條に生るることは共に相知るも、同じ條に死せざることは還って殊絶す。還って殊絶す。黄頭と碧眼と須らく甄別すべし。南北東西歸去來、夜深けて同に看ん千巖の雪。

第五十二則 趙州の石橋と略
擧す。、趙州に問う、久しく趙州の石橋を響うに、到來すれば只だ略を見るのみ。州云く、汝は只だ略のみを見て、且も石橋は見ず。云く、如何なるか是れ石橋。州云く、驢を渡し馬を渡す。

孤危不立道方高、
入海還須釣巨鼇。
堪笑同時潅溪老、
解云劈箭亦徒勞。

孤危を立てずして道方に高し、海に入れば還た須ずや巨鼇を釣らん。笑う堪し同時の潅溪老、解く劈箭と云うも亦た徒勞なり。

第五十三則 馬大師の野鴨子
垂示に云く、界藏れず、全機獨露す。觸途に滯る無く、著著に出身の機あり。句下に私無く、頭頭に殺人の意あり。且道、個人は畢竟什麼處に向いてか休歇む。試みに擧し看ん。

擧す。馬大師、百丈と行きし次、野鴨子の飛び過ぐるを見る。大師云く、是れ什麼ぞ。丈云く、野鴨子。大師云く、什麼處に去くや。丈云く、飛び過ぎ去れり。大師、遂に百丈の鼻頭をる。丈、忍痛の聲を作す。大師云く、何ぞ曾て飛び去らん。

野鴨子、知何許。
見來相共語。
話盡山雲海月
依前不會還飛去。
欲飛去、却把住。
道道。

野鴨子、何許なるを知らん。馬見來たりて相共に語る。山雲海月のを話り盡すも、依前として會せず還た飛び去る。飛び去らんと欲して、却って把住る。道え道え。

第五十四則 雲門の近ごろ甚處を離れしや
垂示に云く、生死を透出し、機關を撥轉す。等閑に鐵を截り釘を截り、隨處に天を蓋い地を蓋う。且道、是れ什麼なる人の行履の處ぞ。試みに擧し看ん。

擧す。雲門、に問う、近ごろ甚處を離れしや。云く、西禪。門云く、西禪には近日何の言句か有る。、兩手を展ぶ。門、打つこと一掌す。云く、某甲話在り。門、却って兩手を展ぶ。、語無し。門、便ち打つ。

虎頭虎尾一時收、
凛凛威風四百州。
却問不知何太嶮。
師云、放過一著。

虎頭虎尾一時に收む、凛凛たる威風四百州。却って問う、知らず何ぞ太だ嶮なる。師云く、一著を放過すと。

第五十五則 道吾、漸源と弔孝す
垂示に云く、穩密全眞、當頭に取證り、渉流轉物、直下と承當す。撃石火閃電光中に向いて、訛を坐斷し、虎頭に據り虎尾を收むる處に於て、壁立千仞なるは則ち且て置く。一線の道を放って、還た爲人の處有り也無。試みに擧し看ん。

擧す。道吾、漸源と一家に至って弔慰す。源、棺を拍って云く、生か死か。吾云く、生とも道わじ、死とも道わじ。源云く、爲什麼にか道わざる。吾云く、道わじ、道わじ。囘りて中路に至り、源云く、和尚快かに某甲が與に道え。若し道わずんば、和尚を打ち去らん。吾云く、打つことは便ち打つに任すも、道うことはち道わじ。源便ち打つ。
後に道吾遷化す。現、石霜に到って、前話を擧似す。霜云く、生とも道わじ、死とも道わじ。源云く、爲什麼にか道わざる。霜云く、道わじ、道わじ。源、言下に省有り。源、一日鍬子を將って法堂上を東より西に過り、西より東に過る。霜云く、什麼をか作す。源云く、先師の靈骨を覓む。霜云く、洪波浩渺、白浪滔天、什麼の先師の靈骨をか覓めん。雪竇著語して云く、蒼天、蒼天。源云く、正に好し、力を著くるに。太原の孚云く、先師の靈骨、猶お在り。

兎馬有角、
牛羊無角。
絶毫絶釐、
如山如嶽。
黄金靈骨今猶在、
白浪滔天何處著。
無處著。
隻履西歸曾失却。

兎馬に角有り、牛羊に角無し。毫を絶し釐を絶して、山の如く嶽の如し。黄金の靈骨今猶お在り、白浪滔天何處にか著く。著く處無し。隻履西に歸り、曾て失却う。

第五十六則 欽山、一鏃もて三關を破る
垂示に云く、佛曾て世に出でず、亦た一法も人に與うること無し。師曾て西來せず、未だ嘗て心を以て傳授せず。自是より時人了せず、外に向って馳求む。殊に知らず、自己脚跟下の一段の大事因、千聖も亦た摸索不著を。只だ如今見と不見、聞と不聞、と不、知と不知、什麼處よりか得來たる。若し未だ洞達する能わずんば、且は葛藤窟裏に向いて會取せよ。試みに擧し看ん。

擧す。良禪客、欽山に問う、一鏃もて三關を破る時、如何。山云く、關中の主を放出し看よ。良云く、恁麼ならば則ち過を知りて必ず改めん。山云く、更に何時をか待たん。良云く、好箭放つに所在に著かずと。便ち出づ。山云く、且は來たれ、闍黎。良、首を囘らす。山、把住えて云く、一鏃もて三關を破ることはち且て止く、試みに欽山の與に箭を發し看よ。良、疑議す。山、打つこと七棒して云く、且は聽す、這の漢疑うこと三十年なるを。

與君放出關中主、
放箭之徒莫莽鹵。
取箇眼兮耳必聾、
箇耳兮目雙瞽。
可憐一鏃破三關、
的的分明箭後路。
君不見、玄沙有言兮、
大丈夫先天爲心

君の與に放出す關中の主、箭を放つの徒、莽鹵なること莫れ。箇の眼を取れば耳必ず聾し、箇の耳をつれば目雙ながら瞽す。憐ずべし一鏃もて三關を破る、的的分明なり箭後の路。君見ずや、玄沙言えること有り、大丈夫は天に先だって心のと爲ると。

第五十七則 趙州の至道無難
垂示に云く、未だ透得せざる已前は、一に銀山鐵壁の似し。透得し了るに及べば、自己は元來是れ鐵壁銀山。或は人有り、且も作麼生と問わば、但だ他に道わん、若し箇裏に向いて一機を露得し、一境を看得せば、要津を坐斷して、凡聖を通さざるも、未だ分外と爲ずと。苟或未だ然らずんば、古人の樣子を看取よ。

擧す。、趙州に問う、至道は難きこと無し、唯だ揀擇を嫌うと。如何なるか是れ不揀擇。州云く、天上天下、唯我獨尊。云く、此れは猶お是れ揀擇。州云く、田奴、什麼處か是れ揀擇。、語無し。

似海之深、
如山之固。
蚊虻弄空裏猛風、
螻蟻撼於鐵柱。
揀兮擇兮、當軒布鼓。

海の深きが似く、山の固きが如し。蚊虻空裏の猛風を弄し、螻蟻鐵柱を撼がす。揀び擇ぶ、當軒の布鼓。

第五十八則 趙州の時人
擧す。、趙州に問う、至道は難きこと無し、唯だ揀擇を嫌うと。是れ時人の窟なりや。州云く、曾て人の我に問う有り、直得に五年分疎不下なり。

象王呻、
獅子哮吼。
無味之談、
塞斷人口。
南北東西、
烏飛兎走。

象王は呻り、獅子は哮吼ゆ。無味の談、人の口を塞斷ぐ。南北東西、烏飛び兎走る。

第五十九則 趙州の唯嫌揀擇
垂示に云く、天を該ね地を括り、聖を越え凡を超ゆ。百草頭上に涅槃妙心を指出し、干戈叢裏に衲の命脈を點定す。且道、箇の何なる人の恩力を承けてか、便ち恁麼なるを得たる。試みに擧し看ん。

擧す。、趙州に問う、至道は難きこと無し、唯だ揀擇を嫌う。纔に語言有るや、是れ揀擇なりと。和尚は如何に人に爲うるや。州云く、什麼ぞ這の語を引き盡さざる。云く、某甲は只だ這裏に念じ到るのみ。州云く、只だ這れぞ至道は難きこと無し、唯だ揀擇を嫌う。

水灑不著、
風吹不入。
虎歩龍行、
鬼號泣。
頭長三尺知是誰、
相對無言獨足立。

水灑げども著かず、風吹けども入らず。虎のごとく歩み龍のごとく行き、鬼號び泣く。頭の長きこと三尺、是れ誰なるを知らん、相對して無言、獨足にして立つ。

第六十則 雲門の杖子
垂示に云く、佛と衆生と、本來異なること無し。山河と自己と、寧ぞ等差あらんや。爲什麼にか却って渾て兩邊と成り去る。若し能く話頭を撥轉し、要津を坐斷するも、放過せばち不可。若し放過せざれば、盡大地も一捏すら消いず。且て作麼生か是れ話頭を撥轉する處。試みに擧し看ん。

擧す。雲門、杖を以て衆に示して云く、杖子化して龍と爲り、乾坤を呑却み了れり。山河大地、甚處よりか得來たる。

杖子、呑乾坤。
桃花浪奔。
燒尾者不在拏雲攫霧、
曝腮者何必喪膽亡魂。
拈了也。
聞不聞。
直須灑灑落落、
休更紛紛紜紜。
七十二棒且輕恕、
一百五十難放君。
師驀拈杖下座。
大衆一時走散。

杖子、乾坤を呑む、徒しくう、桃花の浪奔ると。尾を燒く者も雲を拏え霧を攫むに在らず。腮を曝す者も何ぞ必ずしも膽を喪い魂を亡わん。拈じ了れり。聞くや聞かずや。直に須らく灑灑落落たるべし、更に紛紛紜紜たることを休めよ。七十二棒且は輕恕す、一百五十、君に放し難し。師、驀り杖を拈りて座を下る。大衆一時に走り散ず。

第六十一則 風穴の若し一塵を立つれば
垂示に云く、法幢を建て宗旨を立つるは、他の本分の宗師に還す。龍蛇を定め緇素を別つは、須是らく作家の知識なるべし。劍刃上に殺活を論じ、棒頭上に機宜を別つは、則ち且ず置く。且道、獨り寰中に據るの事、一句もて作麼生か商量えん。試みに擧し看ん。

擧す。風穴埀語して云く、若し一塵を立つれば、家國興盛し、一塵を立てざれば、家國喪亡す。雪竇、杖を拈げて云く、還た同生同死底の衲ありや。

野老從不展繭、
且圖家國立雄基。
謀臣猛將今何在、
萬里風只自知。

野老は從い繭を展べすとも、且は家國に雄基を立つることを圖らん。謀臣猛將今何にか在る、萬里の風只だ自知するのみ。

第六十二則 雲門、中に一寶有り
垂示に云く、無師の智を以て無作の妙用を發し、無の慈を以て不の勝友と作る。一句下に殺あり活あり。一機中に縱あり擒あり。且道、什麼なる人か曾て恁麼にし來たる。試みに擧し看ん。

擧す。雲門、衆に示して云く、乾坤の内、宇宙の間、中に一寶有り、形山に秘在す、と。燈篭を拈げて佛殿裏に向い、三門を將て燈篭上に來たらしむ。

看看、
古岸何人把釣竿。
雲冉冉、水漫漫。
明月蘆花君自看。

看よ看よ、古岸何人か釣竿を把る。雲は冉冉、水は漫漫。明月蘆花、君自ら看よ。

第六十三則 南泉、兩堂に猫を爭う
垂示に云く、意路の到らざる、正に好し提撕するに。言詮の及ばざる、宜しく急と眼を著くべし。若也電轉じ星飛ばば、便ち湫を傾け嶽を倒す。衆中に辨得す底有るなきや。試みに擧し看ん。

擧す。南泉、一日、東西の兩堂、猫兒を爭う。南泉見て遂に提起して云く、道い得ばち斬らず。衆對なし。泉、猫兒を斬って兩段と爲す。

兩堂倶是杜禪和、
撥動煙塵不奈何。
得南泉能擧令、
一刀兩斷任偏頗。

兩堂倶に是れ杜禪和、煙塵を撥動して奈何ともせず。得に南泉能く令を擧して、一刀兩斷して偏頗に任す。

第六十四則 南泉、趙州に問う
擧す。南泉復た前話を擧して趙州に問う。州便ち草鞋をぎ、頭上に載せて出づ。南泉云く、子若し在らば、恰に猫兒を救い得てんに。

公案圓來問趙州、
長安城裏任閑遊。
草鞋頭載無人會、
歸到家山便休。

公案圓かになり來たって趙州に問い、長安城裏、閑遊するに任す。草鞋を頭に載す、人の會するもの無し、家山に歸り到って便ち休す。

第六十五則 外道、佛に有無を問う
垂示に云く、無相にして形れ、十に充ちて方廣たり。無心にして應じ、刹海にくして煩しからず。擧一明三、目機銖兩。直得棒は雨の如く點り、喝は雷の似く奔るも、也た未だ向上の人の行履に當得せざる在。且道、作麼生か是れ向上の人の事。試みに擧し看ん。

擧す。外道、佛に問う、有言を問わず、無言を問わず。世尊良久す。外道讃歎して云く、世尊の大慈大悲、我が迷雲を開いて、我をして得入せしむ。外道去りし後、阿難、佛に問う、外道は何の所證有りてか、得入すと言える。佛云く、世の良馬の、鞭影を見て行くが如し。

機輪曾未轉、
轉必兩頭走。
明鏡忽臨臺、
當下分妍醜。
妍醜分兮迷雲開、
慈門何處生塵埃。
因思良馬窺鞭影、
千里追風喚得囘。
喚得囘、鳴指三下。

機輪曾て未だ轉ぜず、轉ずれば必ず兩頭に走らん。明鏡忽に臺に臨むや、當下に妍醜を分つ。妍醜分れて迷雲開く、慈門何處にか塵埃を生ぜん。因って思う、良馬の鞭影を窺い、千里の追風喚び得て囘ることを。喚び得て囘らば、指を鳴らすこと三下す。

第六十六則 巖頭、什麼處よりか來たる
垂示に云く、當機覿面、陷虎の機を提げ、正按傍提、擒賊の略を布く。明に合し暗に合し、雙に放ち雙に收め、解く死蛇を弄するは、佗の作者に還す。

擧す。巖頭、に問う、什麼處よりか來たる。云く、西京より來たる。頭云く、黄過ぎし後、還た劍を收得せしや。云く、收得せり。巖頭、頚を引し近前きて云く、云く、師の頭落ちたり。巖頭、呵呵大笑す。、後に雪峰に到る。峰問う、什麼處よりか來たる。云く、巖頭より來たる。峰云く、何の言句か有りし。、前話を擧す。雪峰、打つこと三十棒してい出す。

過後曾收劍、
大笑還應作者知。
三十山藤且輕恕、
得便宜是落便宜。

過ぎし後曾て劍を收む、大笑するは還って應に作者のみしるべし。三十の山藤且く輕恕す、便宜を得るは是れ便宜に落つるなり。

第六十七則 梁の武帝、じて經を講ぜしむ
擧す。梁の武帝、傅大士をじて金剛經を講ぜしむ。大士便ち座上に於て、案を揮うこと一下して、便ち座を下る。武帝愕然たり。誌公問う、陛下還た會すや。帝云く、會せず。誌公云く、大士講經し竟んぬ。

不向雙林寄此身、
却於梁土惹埃塵。
當時不得誌公老、
也是栖栖去國人。

雙林に此の身を寄せず、却って梁土に於て埃塵を惹く。當時、誌公老を得ずんば、也た是れ栖栖と國を去る人ならん。

第六十八則 仰山、三聖に問う
垂示に云く、天關を掀げ地軸をし、虎を擒え龍蛇を辨るは、須是らく箇の活の漢にして、始めて句句相投じ、機機相應ずるを得べし。且て從上來什麼なる人か合た恁麼なる。う擧し看ん。

擧す。仰山、三聖に問う、汝の名は什麼ぞ。聖云く、慧寂。仰山云く、慧寂は是れ我なり。聖云く、我が名は慧然。仰山、呵呵大笑す。

雙收雙放若爲宗、
騎虎由來要絶功。
笑罷不知何處去、
只應千古動悲風。

雙收し雙放する若爲の宗ぞ、虎に騎るは由來絶功なるを要す。笑い罷んで知らず何處にか去る、只だ應に千古悲風を動かすのみなるべし。

第六十九則 南泉、忠國師を拜す
垂示に云く、啗啄の處無き師の心印、鐵牛の機に状似たり。荊棘の林を透る衲家、紅爐上の一點の雪の如し。平地上に七穿八穴なることは則ち且て止き、に落ちざるは、又た作麼生。試みに擧し看ん。

擧す。南泉、歸宗、谷、同に去きて忠國師を禮拜せんとす。中路に至り、南泉、地上に一つの圓相を畫いて云く、道い得ばち去かん。歸宗、圓相の中に坐す。谷、便ち女人拜を作す。泉云く、恁麼ならば則ち去かじ。歸宗云く、是れ什麼たる心行ぞ。

由基箭射猿、
遶樹何太直。
千箇與萬箇、
是誰曾中的。
相呼相喚歸去來、
曹溪路上休登陟。
復云、
曹溪路坦平、爲什麼休登陟。

由基、箭もて猿を射る、樹を遶ること何ぞ太だ直なる。千箇と萬箇と、是れ誰か曾て的に中てたる。相呼び相喚んで歸去來、曹溪の路上、登陟るを休めん。復た云く、曹溪の路は坦平なるに爲什麼にか登陟るを休むる。

第七十則 山、百丈に侍立す
垂示に云く、快人は一言、快馬は一鞭。萬年一念、一念萬年。直截をを知らんと要せば、未だ擧せざる已前。且道、未だ擧せざる已前、作麼生か摸索せん。う擧し看ん。

擧す。山、五峰、雲巖、同に百丈に侍立す。百丈、山に問う、咽喉と唇吻を併却いで、作麼生か道わん。山云く、却ってう、和尚道え。丈云く、我は汝に道うを辞せざるも、已後我が兒孫を喪わんことを恐る。

和尚道。
虎頭生角出荒草。
十州春盡花凋殘、
珊瑚樹林日杲杲。

却ってう、和尚道え。虎頭に角を生じて荒草を出づ。十州春盡きて花凋殘み、珊瑚樹林に日は杲杲たり。

第七十一則 百丈、咽喉を併却ぐ
擧す。百丈、復た五峰に問う、咽喉と唇吻とを併却いで、作麼生か道う。峰云く、和尚も也た須らく併却ぐべし。丈云く、人無き處に斫額して汝を望まん。

和尚也併却、
龍蛇陣上看謀略。
令人長憶李將軍、
萬里天邊飛一鶚。

和尚も也た併却ぐべし、龍蛇陣上に謀略を看る。人をして長く李將軍を憶わしむ、萬里の天邊に一の鶚飛ぶ。

第七十二則 百丈、雲巖に問う
擧す。百丈又た雲巖に問う、咽喉と唇吻とを併却いで、作麼生か道う。巖云く、和尚有り也未。丈云く、我が兒孫を喪えり。

和尚有也未、
金毛獅子不踞地。
兩兩三三行舊路、
大雄山下空彈指。

和尚有り也未、金毛の獅子踞地せず。兩兩三三舊路を行く、大雄山下空しく彈指す。

第七十三則 馬大師の四句百非
垂示に云く、夫れ法をくとは、くこと無く示すこと無し。其れ法を聽くとは、聞くこと無く得ること無しと。くもくこと無く示すこと無くんば、爭かかざるに如かん。聽くもに聞くこと無く得ること無くんば、爭か聽かざるに如かん。而るにくこと無く又た聽くこと無きも、却って些子く較えり。只だ如今人、山が這裏に在いてくを聽くに、作麼生か此の過を免れ得ん。透關の眼を具する者、試みに擧し看よ。

擧す。、馬大師に問う、四句を離れ百非を絶して、う師、某甲に西來意を直指せよ。馬師云く、我今日、勞倦たり。汝が爲にくこと能わず。智藏に問取いに去け。、智藏に問う。藏云く、何ぞ和尚に問わざる。云く、和尚、來たり問わしむ。藏云く、我今日、頭痛す。汝が爲にくこと能わず。海兄に問取いに去け。、海兄に問う。海云く、我れ這裏に到って却って會せず。、馬大師に擧似す。馬師云く、藏頭は白く、海頭は黒し。

藏頭白、海頭黒、
明眼衲會不得。
馬駒蹈殺天下人、
臨濟未是白拈賊。
離四句、絶百非、
天上人間唯我知。

藏頭は白く、海頭は黒し、明眼の衲も會すること得ず。馬駒蹈殺す天下の人、臨濟未だ是れ白拈賊にあらず。四句を離れ百非を絶す、天上人間唯だ我れのみぞ知る。

第七十四則 金牛和尚呵呵笑う
垂示に云く、横に按えて、鋒前もて葛藤を翦斷る。明鏡高く懸けて、句中に毘盧印を引き出す。田地隱密の處、著衣喫す。通遊戲の處、如何が湊泊せん。還た委悉すや。下文を看取よ。

擧す。金牛和尚、齋時に至る毎に、自ら桶を將て堂の前に舞を作し、呵呵大笑して云く、菩薩子、を喫し來たれと。雪竇云く、此の如くなりと雖然も、金牛は是れ好心ならず。、長慶に問う、古人道く、菩薩子、を喫し來たれとは、意旨如何。慶云く、齋に因って慶讚するに大いに似たり。

白雲影裏笑呵呵、
兩手持來付與他。
若是金毛獅子子、
三千里外見訛。

白雲の影裏に笑うこと呵呵、兩手に持ち來たりて他に付與す。若是金毛の獅子子ならば、三千里外に訛を見ん。

第七十五則 烏臼、法道を問う
垂示に云く、靈鋒の寶劍、常に現前に露る。亦た能く人を殺し、亦た能く人を活す。彼に在り此に在り、同に得同に失う。若し提持せんと要せば、一に提持するに任す。若し平展せんと要せば、一に平展するに任す。且道、賓主に落ちず、囘互に拘らざる時は如何。試みに擧し看ん。

擧す。、定州和尚の會裏より來りて烏臼に到る。烏臼問う、定州の法道、這裏と何似。云く、別ならず。臼云く、若し別ならずんば、更に彼中に轉じ去れ。便ち打つ。云く、棒頭に眼有り、草草に人を打つこと不得れ。臼云く、今日、一箇を打著せり。又た打つこと三下す。便ち出で去る。臼云く、屈棒を元來人の喫すること有る在。、身を轉じて云く、爭奈せん杓柄は和尚の手の裏に在り。臼云く、汝若し要せば、山汝に囘與さん。近前って臼の手中の棒を奪い、臼を打つこと三下す。臼云く、屈棒、屈棒。云く、人の喫すること有る在。臼云く、草草に箇の漢を打著す。、便ち禮拜す。臼云く、却って恁麼にし去れり。大笑して出づ。臼云く、恁麼を消得す、恁麼を消得す。

易、遣難。
互換機鋒子細看。
劫石固來猶可壞。
滄溟深處立須乾。
烏臼老、烏臼老、幾何般。
與他杓柄太無端。

呼ぶはち易く、遣るはち難し。互換の機鋒子細に看よ。劫石は固くし來たるも猶お壞すべし、滄溟深き處も立ちどころに須らく乾くべし。烏臼老、烏臼老、幾何般ぞ。他に杓柄を與うること太だ端なり。

第七十六則 丹霞、甚麼よりか來たると問う
垂示に云く、細かきことは米末の如く、冷たきことは氷霜に似たり。乾坤に逼塞して、明を離れ暗を絶す。低低の處も之を觀れば餘りあり、高高の處も之を平ぐれば足らず。把住と放行と、總て這の裏許に在り。還た出身の處有り也無。試みに擧し看ん。

擧す。丹霞、に問う、甚處よりか來たる。云く、山の下より來たる。霞云く、を喫し了る也未。云く、を喫し了れり。霞云く、を將ち來たりて汝に喫せしめし底の人、還た眼を具せしや。、語無し。
長慶、保に問う、を人に喫せしむるは、恩を報ゆるに分有り。爲什麼にか眼を具せざる。云く、施す者と受く者と、二り倶に瞎漢なり。長慶云く、其の機を盡し來たるに、還た瞎と成る否。云く、我は瞎す、と道いて得しきや。

盡機不成瞎、
按牛頭喫草。
四七二三師、
寶器持來成過咎。
過咎深、無處尋。
天上人間同陸沈。

機を盡さば瞎と成らずと、牛の頭を按えて草を喫せしむ。四七二三の師、寶器を持ち來たりて過咎を成す。過咎深く、尋ぬるに處無し。天上人間同じく陸沈す。

第七十七則 雲門、餬餠と答う
垂示に云く、向上に轉じ去かば、以て天下の人の鼻孔を穿つべし。鶻の鳩を捉うるが似し。向下に轉じ去かば、自己の鼻孔は別人の手の裏に在り。龜の殻に藏るるが如し。箇中に忽し箇の出で來たりて、本來向上も向下も無し、轉ずるを用て什麼か作んと道うもの有らば、只だ伊に道わん、我も也た知る、が鬼窟裏に活計を作せるをと。且道、作麼生か箇の緇素を辨ぜん。良久して云く、條有れば條に攀り、條無ければ例に攀る。試みに擧し看ん。

擧す。、雲門に問う、如何なるか是れ超佛越の談。門云く、餬餠。

超談禪客問偏多、
縫罅披離見也麼。
餬餠來猶不住、
至今天下有訛。

超談の禪客問うこと偏に多し、縫罅披離たるを見るや。餬餠來みて猶お住めず、今に至るも天下に訛有り。

第七十八則 十六開士の入浴
擧す。古え十六の開士有り、浴の時に、例に隨って入浴するや、忽と水因を悟る。、作麼生か他の妙觸宣明、成佛子住と道えるを會する。也た須らく七穿八穴して始めて得し。

了事衲消一箇、
長連牀上展脚臥。
夢中曾悟圓通、
香水洗來驀面唾。

了事の衲一箇を消う、長連牀上に脚を展べて臥す。夢中に曾てく圓通を悟ると、香水もて洗い來たらば驀面に唾せん。

第七十九則 投子の一切聲
垂示に云く、大用現前して、軌則を存せず。活捉生擒して、餘力を勞せず。且道、是れ什麼なる人か曾て恁麼にし來たる。試みに擧し看ん。

擧す。、投子に問う、一切の聲は是れ佛の聲と、是なり否。投子云く、是なり。云く、和尚、沸碗鳴聲すること莫れ。投子、便ち打つ。又た問う、言及び細語、皆第一義に歸すと、是なり否。投子云く、是なり。云く、和尚を喚んで一頭の驢と作して得しきや。投子、便ち打つ。

投子投子、機輪無阻。
放一得二、同彼同此。
可憐無限弄潮人、
畢竟還落潮中死。
忽然活、
百川倒流鬧

投子、投子、機輪阻むもの無し。一を放って二を得たり、彼に同じく此に同じ。憐むべし限り無き潮を弄する人、畢竟還た潮の中に落ちて死す。忽然活せば、百川倒に流れて鬧たらん。

第八十則 趙州の孩子の六識
擧す。、趙州に問う、初生の孩子は還た六識を具する也無。趙州云く、急水上に毬子を打つ。、復た投子に問う、急水上に毬子を打つと、意旨は如何。子云く、念念、流れを停めず。

六識無功伸一問、
作家曾共辨來端。
茫茫急水打毬子、
落處不停誰解看。

六識無功一問を伸ぶ、作家曾て共に來端を辨ず。茫茫たる急水に毬子を打つ、落處停まらず、誰か解く看ん。

第八十一則 藥山、麈中の麈を射る
垂示に云く旗をり鼓を奪うは千聖も窮むること莫し。訛を坐斷して、萬機到らず。是れ通妙用にあらず、亦た本體如然に非ず。且道、箇の什麼に憑ってか、恁麼に奇特なるを得たる。

擧す。、藥山に問う、平田淺草に、麈と鹿と群を成す。如何か麈中の麈を射得ん。山云く、箭を看よ。、身を放って便ち倒る。山云く、這の死漢を出せ。、便ち走す。山云く、泥團を弄する漢、什麼の限りか有らん。雪竇拈げて云く、三歩は活すと雖も、五歩は須らく死すべし。

麈中麈、君看取。
下一箭、走三歩。
五歩若活、成群趁虎。
正眼從來付獵人。
雪竇高聲云、竿看箭。

麈中の麈、君、看取せよ。
一箭を下うれば、走すこと三歩。
五歩にして若し活せば、群を成して虎を趁わん。
正眼は從來獵人に付う。
雪竇高聲に云く、箭を看よ。

第八十二則 大龍の堅固法身
垂示に云く、竿頭の絲線は、具眼にして方めて知る。格外の機は、作家にして方めて辨ず。且道、作麼生か是れ竿頭の絲線、格外の機。試みに擧し看ん。

擧す。、大龍に問う、色身は敗壞す、如何なるか是れ堅固法身。龍云く、山花開いて錦に似、澗水湛えて藍の如し。

問曽不知、答還不會。
月冷風高、古巖寒桧。
堪笑路逢達道人、
不將語默對。
手把白玉鞭、
驪珠盡撃碎。

國有憲章、三千條罪。

問うこと曽て知らず、答うること還た會くせず。
月冷かにして風高く、古巖に寒桧あり。
笑う堪し、路に達道の人に逢わば、
語默を將て對せずとは。
手に白玉の鞭を把り、
驪珠盡く撃碎かん。
さん。
國に憲章有りて、三千條の罪あり。

第八十三則 雲門の露柱相交る
擧す。雲門、衆に示して云く、古佛は露柱と相交る、是れ第幾機ぞ。自ら代って云く、南山に雲起こり、北山に雨下る。

南山雲、北山雨。
四七二三面相覩。
新羅國裏曾上堂、
大唐國裏未打鼓。
苦中樂、樂中苦。
誰道黄金如糞土。

南山の雲、北山の雨。
四七と二三と面のあたりに相覩る。
新羅國裏曾て上堂するに、
大唐國裏未だ鼓を打たず。
苦中の樂、樂中の苦。
誰か道う黄金も糞土の如しと。

第八十四則 維摩の不二法門
垂示に云く、是と道うも是の是とすべき無く、非と言うも非の非とすべき無し。是非已に去り、得失兩つながら忘るれば、淨、赤灑灑。且道、面前背後、是れ箇の什麼ぞ。或は箇の衲の出で來たる有りて道わん、面前は是れ佛殿三門、背後は是れ寝堂方丈と。且道、此の人還た眼を具する也無。若し此の人を辨得せば、に許む親しく古人に見え來たれりと。

擧す。維摩詰、文殊師利に問う、何等か是れ菩薩、不二の法門に入るとは。文殊曰く、我が意の如きは、一切の法に於て、無言無、無示無識、の問答を離る。是を不二の法門に入ると爲す。是に於て文殊師利、維摩詰に問う、我等各自き已る。仁者當にくべし、何等か是れ菩薩、不二の法門に入るとはと。
雪竇云く、維摩は什麼と道いしぞ。復た云く、勘破了せり。

咄、這維摩老、
悲生空懊惱。
臥疾毘耶離、
全身太枯槁。
七佛師來、
一室且頻掃。
問不二門、
當時便靠倒。
不靠倒。
金毛獅子無處討。

咄、這の維摩老、
生を悲んで空しく懊惱す。
疾に毘耶離に臥し、
全身太だ枯槁たり。
七佛の師來たる、
一室且は頻りに掃う。
不二の門を問せられ、
當時便ち靠倒さる。
靠倒されず。
金毛の獅子討ぬるに處無し。

第八十五則 桐峰庵主の大虫
垂示に云く、世界を把定んで、纖毫も漏らさず、盡大地の人、鋒を亡い舌を結ぶ、是れ衲の正令なり。頂門に光を放ち、四天下を照破す、是れ衲の金剛眼睛なり。鐵を點じて金と成し、金を點じて鐵と成し、忽ちに近忽ちに縱つ、是れ衲杖子なり。天下の人の舌頭を坐斷して、直得に氣を出だす處無く、倒退三千里ならしむ、是れ衲の氣宇なり。且道、總て恁麼ならざる時、畢竟是れ箇の什麼なる人ぞ。試みに擧し看ん。

擧す。、桐峰庵主の處に到って便ち問う、這裏に忽し大虫に逢わん時、又た作麼生。庵主、便ち虎の聲を作す。便ち怕るる勢を作す。庵主、呵呵大笑す。云く、箇の老賊。庵主云く、老を爭奈何せん。、休し去る。

見之不取、
思之千里。
好箇斑斑、
爪牙未備。
君不見、
大雄山下忽相逢、
落落聲光皆振地。
大丈夫、見也無、
收虎尾兮虎鬚。

之を見て取らざれば、
之を思うこと千里ならん。
好箇き斑斑なるも、
爪牙未だ備わらず。
君見ずや、
大雄山下に忽と相逢い、
落落たる聲光皆な地に振うを。
大丈夫、見る也無、
虎尾を收め虎鬚をくを。

第八十六則 雲門、光明の在る有り
垂示に云く、世界を把定んで、絲毫も漏らさず。衆流を截斷って、涓滴も存さず。口を開けば便ち錯ち、擬議えばち差う。且道、作麼生か是れ透關底眼。試みに道い看ん。

擧す。雲門、埀語して云く、人人盡く光明の在る有り。看る時は見えず暗昏昏たり。作麼生か是れ人の光明。自ら代って云く、厨庫、三門。又た云く、好事は無きに如かず。

自照列孤明、
爲君通一線。
花謝樹無影、
看時誰不見。
見不見、
倒騎牛兮入佛殿。

自ら照らして孤明を列ね、
君が爲に一線を通ず。
花謝りて樹に影無し、
看る時誰にか見えざる。
見ゆるや見えざるや、
倒に牛に騎って佛殿に入るを。

第八十七則 雲門、藥病相治す
垂示に云く、明眼の漢に臼沒し。有る時は孤峰頂上にて草漫漫、有る時は鬧市裏頭にて赤灑灑。忽若忿怒れる那とならば、三頭六臂を現し、忽若日面月面とならば、普攝き慈光を放ち、一塵に一切身を現し、隨類の人と爲って、泥に和し水に合す。忽若向上の竅を撥著かば、佛眼も也たること著ず。設使千聖出頭し來たるも、也た須らく倒退三千里すべし。還た同得同證の者有りや。試みに擧し看ん。

擧す。雲門、衆に示して云く、藥病相治す。盡大地是れ藥。那箇か是れ自己。

盡大地是藥、
古今何太錯。
閉門不造車、
通途自寥廓。
錯錯。
鼻孔遼天亦穿却。

盡大地是れ藥、
古今何ぞ太だ錯れる。
門を閉じて車を造らず、
通途自ずから寥廓たり。
錯、錯。
鼻孔遼天たるも亦た穿却たれたり。

第八十八則 玄沙の接物利生
垂示に云く、門庭の施設は、且は恁麼に二を破して三と作す。入理の深談は、也た須是らく七穿八穴すべし。當機敲點して、金鎖玄關を撃碎く。令に據って行い、直得に蹤を掃い跡を滅す。且道、訛什麼處にか在る。頂門の眼を具する者、う試みに擧し看よ。

擧す。玄沙、衆に示して云く、方の老宿は盡く道う、接物利生と。忽し三種の病人の來たるに遇わば、作麼生か接せん。盲を患う者は、鎚を拈り拂を竪つるも、他又た見えず。聾を患う者は、語言三昧するも、他又た聞こえず。唖を患う者は、伊をしてわしむるも、又たい得ず。且て作麼生か接せん。若し此の人を接し得ずんば、佛法は靈驗なしと。
、雲門にす。雲門云く、汝禮拜著。、禮拜して起つ。雲門、杖を以てく。、退後る。門云く、汝は是れ盲を患わず。復た喚ぶ、近前み來たれ。、近前づ。門云く、汝は是れ聾を患わず。門、乃ち云く、還た會すや。云く、會せず。門云く、汝は是れ唖を患わず。此に於て省る有り。

盲聾唖、
杳絶機宜。
天上天下、
堪笑堪悲。
離婁不辨正色、
師曠豈識玄絲。
爭如獨坐窓下、
葉落花開自有時。
復云、
還會也無、
無孔鐵鎚。

盲聾唖、
杳として機宜を絶す。
天上天下、
笑う堪し、悲しむ堪し。
離婁は正色を辨ぜず、
師曠は豈に玄絲を識らんや。
爭か如かん窓の下に獨坐し、
葉落ち花開いて自ずから時有るに。
復た云く、
還た會す也無、
無孔の鐵鎚。

第八十九則 雲巖、道吾に手眼を問う
垂示に云く、通身是れ眼なるも見到らず、通身是れ耳なるも聞き及ばず、通身是れ口なるもい著せず、通身是れ心なるも鑑み出せず。通身はち且て止き、忽若眼無くんば作麼生か見ん、耳無くんば作麼生か聞かん、口無くんば作麼生かわん、心無くんば作麼生か鑑みん。若し箇裏に向いて一線の道を撥轉き得ば、便ち古佛と同參なり。參は則ち且く止く、且道、箇の什麼なる人にか參ぜん。

擧す。雲巖、道吾に問う、大悲菩薩は許多の手眼を用いて、什麼をか作す。吾云く、人の夜半に背手して枕子を摸るが如し。巖云く、我會せり。吾云く、汝作麼生か會す。巖云く、身是れ手眼なり。吾云く、道うことはち太だ道うも、只だ八成を道い得たるのみ。巖云く、師兄は作麼生。吾云く、通身是れ手眼なり。

身是、通身是。
拈來猶較十万里。
展翅鵬騰六合雲、
搏風鼓蕩四溟水。
是何埃兮忽生、
那箇毫釐兮未止。
君不見、
網珠埀範影重重、
棒頭手眼從何起。
咄。

身是か、通身是か。
拈げ來たれば猶お十万里を較つ。
翅を展げて鵬騰す六合の雲、
風を搏って鼓蕩す四溟の水。
是れ何の埃ぞ忽ちに生ず、
那箇の毫釐ぞ未だ止まざる。
君見ずや、
網珠、範を埀れて影重重たるを、
棒頭の手眼何よりか起る。
咄。

第九十則 智門般若の體
垂示に云く、聲前の一句は、千聖も傳えず。面前の一絲は、長時無間なり。淨、赤灑灑。頭は鬆、耳は卓朔。且道、作麼生。試みに擧し看ん。

擧す。、智門に問う、如何なるか是れ般若の體。門云く、蚌、名月を含む。云く、如何なるか是れ般若の用。門云く、兎子懷胎す。

一片凝絶謂
人天從此見空生。
蚌含玄兎深深意、
曾與禪家作戰爭。

一片の凝、謂を絶し、
人天此れより空生を見る。
蚌、玄兎を含む深深たる意、
曾て禪家と戰爭を作す。

第九十一則 鹽官の犀牛の扇子
垂示に云く、を超え見を離れ、縛を去り粘を解き、向上の宗乘を提起し、正法眼藏を扶竪すには、也た須らく十方齊しく應じ、八面玲瓏として、直に恁麼なる田地に到るべし。且道、還た同得同證、同死同生する底有りや。試みに擧し看ん。

擧す。鹽官、一日、侍者を喚ぶ、我が與に犀牛の扇子を將ち來たれ。侍者云く、扇子破れたり。官云く、扇子に破れたれば、我に犀牛兒を還し來たれ。侍者對ること無し。投子云く、將き出だすことを辞せざるも、恐らくは頭角全からざらん。雪竇拈げて云く、我は全からざる底の頭角を要す。石霜云く、若し和尚に還さばち無からん。雪竇拈げて云く、犀牛兒は猶お在り。資、一圓相を畫き、中に一つの牛の字を書く。雪竇拈げて云く、適來、爲什麼にか將き出ださざる。保云く、和尚は年尊し、別に人にえば好し。雪竇拈げて云く、惜しむべし、勞して功無し。

犀牛扇子用多時、
問著元來總不知。
無限風與頭角、
盡同雲雨去難追。

犀牛の扇子用うること多時、
問著れば元來總な知らず。
限り無き風と頭角と、
盡く雲雨と同に去って追い難し。

第九十二則 世尊、一日座に陞る
垂示に云く、絃を動くや曲を別く、千載にも逢い難し。兎を見て鷹を放つ、一時に俊を取る。一切の語言を總べて一句と爲し、大千沙界を攝めて一塵と爲す。同死同生、七穿八穴。還た證據する者ありや。試みに擧し看ん。

擧す。世尊、一日、座に陞る。文殊、白槌して云く、法王の法を諦觀せよ、法王の法は是の如しと。世尊、便ち座を下る。

列聖叢中作者知、
法王法令不如斯。
會中若有仙陀客、
何必文殊下一槌。

列聖叢中作者は知る、
法王の法令は斯の如くならざるを。
會中若し仙陀の客有らば、
何ぞ文殊の一槌を下すを必せん。

第九十三則 大光師、舞を作す
擧す。、大光に問う、長慶道く、齋に因って慶讚すと。意旨如何。大光、舞を作す。、禮拜す。光云く、箇の什麼を見てか、便ち禮拜する。、舞を作す。光云く、這の野狐

前箭猶輕後箭深、
誰云黄葉是黄金。
曹溪波浪如相似、
無限平人被陸沈。

前の箭は猶お輕きも後の箭は深し、
誰か云う黄葉は是れ黄金と。
曹溪の波浪如し相似たらば、
限り無き平人は陸沈せられん。

第九十四則 楞嚴經、若し不見を見れば
垂示に云く、聲前の一句は、千聖も傳えず。面前の一絲は、長時無間なり。淨、赤灑灑、露地の白牛。眼卓朔、耳卓朔、金毛の獅子は則ち且て置く。且道、作麼生か是れ露地の白牛。

擧す。楞嚴經に云く、吾れ見ざる時、何ぞ吾が不見の處を見ざる。若し不見を見れば、自然に彼の不見の相に非ず。若し吾が不見の地を見ざれば、自然に物に非ず。云何ぞ汝に非ざると。

全象全牛不殊、
從來作者共名模。
如今要見黄頭老、
刹刹塵塵在半途。

全象全牛なるは殊ならず、
從來作者も共に名模す。
如今黄頭老を見んと要せば、
刹刹塵塵、半途に在り。

第九十五則 長慶、三毒有り
垂示に云く、有佛の處は住まること不得れ、住著まれば頭角生ず。無佛の處は急ぎ走過ぎよ、走過ぎざれば草深きこと一丈。直饒淨、赤灑灑にして、事外に機無く、機外に事無きも、未だ株を守りて兎を待つを免れず。且道、總て恁麼ならざれば、作麼生か行履せん。試みに擧し看ん。

擧す。長慶有る時云く、寧ろ阿羅漢に三毒有りとうも、如來に二種の語有りとわず。如來に語無しとは道わず、只だ是れ二種の語無し。保云く、作麼生か是れ如來の語。慶云く、聾人爭か聞くを得ん。保云く、に知れり、が第二頭に向いて道うを。慶云く、作麼生か是れ如來の語。保云く、喫茶去。

頭兮第一第二、
臥龍不鑑止水。
無處有月波澄、
有處無風浪起。
稜禪客、稜禪客、
三月禹門遭點額。

頭たり第一第二、
臥龍は止水に鑑さず。
無き處には月は有って波澄み、
有る處には風無くして浪起る。
稜禪客、稜禪客、
三月の禹門、點額に遭わん。

第九十六則 趙州の三轉語
擧す。趙州、衆に三轉語を示す。

泥佛不渡水、
光照天地。
立雪如未休、
何人不雕僞。

金佛不渡鑪、
人來訪紫胡。
牌中數箇字、
風何處無。

木佛不渡火、
常思破竈墮。
杖子忽撃著、
方知辜負我。

泥佛は水を渡らず、
光、天地を照す。
雪に立つこと如し未だ休めざれば、
何人か雕僞せざらん。

金佛は鑪を渡らず、
人來たりて紫胡を訪う。
牌の中の數箇の字、
風、何處にか無からん。

木佛は火を渡らず、
常に思う破竈墮。
杖子もて忽ち撃著うるや、
方めて知れり、我に辜負けるを。

第九十七則 金剛經の輕賤
垂示に云く、一を拈って一を放つは、未だ是れ作家ならず。一を擧げて三を明らむるも、猶お宗旨に乖く。直得い天地かに變じ、四方絶唱し、雷奔り電馳せ、雲行き雨驟に、湫を傾け嶽を倒し、甕瀉ぎ盆傾くも、也た未だ一半すら提得せざる在。還た解く天關を轉じ、能く地軸を移す底有りや。試みに擧し看ん。

擧す。金剛經に云く、若し人に輕賤められなば、是の人は先世の罪業ありて、應に惡道に墮すべきを、今世の人の輕賤むるを以ての故に、先世の罪業は、則ち爲に消滅す。

明珠在掌、
有功者賞。
胡還不來、
全無伎倆。
伎倆無、
波旬失途。
瞿曇瞿曇、
識我也無。
復云、
勘破了也。

明珠は掌に在り、
功有る者は賞す。
胡還來たらざれば、
全く伎倆無し。
伎倆に無くして、
波旬も途を失う。
瞿曇、瞿曇、
我を識る也無。
復た云く、
勘破了せり。

第九十八則 天平和尚の兩錯
垂示に云く、一夏と葛藤を打び、幾乎ど五湖のを絆倒かす。金剛の寶劍もて當頭に截り、始めて覺く、從來百不能なることを。且道、作麼生か是れ金剛の寶劍。眉毛を上して、試みにう鋒鋩を露し看よ。

擧す。天平和尚行脚しおりし時、西院に參ず。常に云く、佛法を會するは莫道、箇の擧話の人を覓むるも也た無しと。一日、西院遥かに見て召して云く、從。平、頭を擧ぐ。西院云く、錯。平、行くこと三兩歩す。西院又た云く、錯。平、近前る。西院云く、適來の這の兩錯、是れ西院の錯か、是れ上座の錯か。平云く、從の錯なり。西院云く、錯。平、休去る。西院云く、且は這裏に在いて夏を過せ。待に上座と這の兩錯を商量せんと。平、當時ち便ち行く。
後に住院して、衆に謂いて云く、我當初、行脚しおりし時、業風に吹かれて、思明長老の處に到るや、連けざまに兩錯を下して、更に我を留めて夏を過し、待に我と商量せんとせらる。我恁麼の時は錯と道わざりしも、我南方に發足し去りし時には、早に錯なることを知道り了れりと。

禪家流、愛輕薄。
滿肚參來用不著。
堪悲堪笑天平老、
却謂當初悔行脚。
錯錯、
西院風頓銷鑠。
復云、
忽有箇衲、出云錯、
雪竇錯何似天平錯。

禪家流、輕薄を愛す。
滿肚に參じ來たるも用い著せず。
悲しむ堪し笑う堪し天平老、
却って謂う當初悔ゆらくは行脚せしことを。
錯、錯、
西院の風頓に銷鑠せり。
復た云く、
忽し箇の衲有り、出でて錯と云わば、
雪竇の錯は天平の錯に何似ぞ。

第九十九則 肅宗の十身調御
垂示に云く、龍吟りて霧起り、虎嘯えて風生ず。出世の宗猷は金玉相振い、通方の作略は箭鋒相る。界藏さず、遠近齊しく彰れ、古今明らかに辨ず。且道、是れ什麼なる人の境界ぞ。試みに擧し看ん。

擧す。肅宗帝、忠國師に問う、如何なるか是れ十身調御。國師云く、檀越、毘盧の頂上を蹈み行け。帝云く、寡人會せず。國師云く、自己の淨法身を認むること莫れ。

一國之師亦強名、
南陽獨許振嘉聲。
大唐扶得眞天子、
曾蹈毘盧頂上行。
鐵鎚撃碎黄金骨、
天地之間更何物。
三千刹海夜沈沈、
不知誰入蒼龍窟。

一國の師も亦た強いて名づく、
南陽獨り許す、嘉聲を振うを。
大唐扶け得たり眞の天子、
曾て毘盧の頂上を蹈んで行く。
鐵鎚もて撃碎く黄金の骨、
天地の間に更に何物ぞ。
三千の刹海夜沈沈、
知らず誰か蒼龍の窟に入る。

第百則 巴陵の吹毛劍
垂示に云く、因を收め果を結び、始めを盡し終りを盡す。對面するに私無く、元より曾てかず。忽し箇の出で來たりて、一夏するに、爲什麼にか曾てかざると道うもの有らば、の悟り來たるを待って、に道わん。且道、爲復是れ當面して諱却るか、爲復別に長處有るか。試みに擧し看ん。

擧す。、巴陵に問う、如何なるか是れ吹毛劍。陵云く、珊瑚は枝枝に月を著う。

不平を平めんと要して、
大巧は拙なるが若し。
或は指し或は掌して、
天に倚りて雪を照らす。
大冶も磨ぎ下せず、
良工も拂拭すること未だ歇めず。
別なり、別なり。
珊瑚は枝枝に月を著う。