第六 歸依佛法

禪苑規曰、敬佛法否(佛法を敬ふや否や)。一百二十門第一
あきらかにしりぬ、西天東土、佛正傳するところは、恭敬佛法なり。歸依せざれば恭敬せず、恭敬せざれば歸依すべからず。この歸依佛法の功、かならず感應道交するとき成就するなり。たとひ天上人間、地獄鬼畜なりといへども、感應道交すれば、かならず歸依したてまつるなり。すでに歸依したてまつるがごときは、世世生生、在在處處に長し、かならず積功累し、阿耨多羅三藐三菩提を成就するなり。おのづから惡友にひかれ、魔障にあふて、しばらく斷善根となり、一闡提となれども、つひには續善根し、その功長するなり。歸依三寶の功、つひに不朽なり。
その歸依三寶とは、まさに淨信をもはらにして、あるいは如來現在世にもあれ、あるいは如來滅後にもあれ、合掌し低頭して、口にとなへていはく、
我某甲、今身より佛身にいたるまで、
歸依佛、歸依法、歸依
歸依佛兩足尊、歸依法離欲尊、歸依衆中尊。
歸依佛竟、歸依法竟、歸依竟。
はるかに佛果菩提をこころざして、かくのごとく那を始發するなり。しかあればすなはち、身心いまも刹那刹那に生滅すといへども、法身かならず長養して、菩提を成就するなり。
いはゆる歸依とは、歸は歸投なり、依は依伏なり。このゆゑに歸依といふ。歸依の相は、たとへば子の父に歸するがごとし。依伏は、たとへば民の王に依するがごとし。いはゆる救濟の言なり。佛はこれ大師なるがゆゑに歸依す、法は良藥なるがゆゑに歸依す、は勝友なるがゆゑに歸依す。

問、何故、偏歸此三(何が故にか偏に此の三に歸するや)。
答、以此三種畢竟歸處、能令衆生出離生死、證大菩提故歸(此の三種は畢竟歸處にして、能く衆生をして生死を出離し、大菩提を證せしむるを以ての故に歸す)。
此三、畢竟不可思議功なり。
佛、西天には佛陀耶と稱ず、震旦には覺とず。無上正等覺なり。
法は西天には達磨と稱ず、また曇無と稱ず。梵音の不同なり。震旦には法とず。一切の善、惡、無記の法、ともに法と稱ずといへども、いま三寶のなかの歸依するところの法は、軌則の法なり。
は西天には伽と稱ず、震旦には和合衆とず。
かくのごとく稱讃しきたれり。

住持三寶
形像塔廟、佛寶。
黄紙朱軸所傳、法寶。
剃髪染衣、戒法儀相、寶。
化儀三寶
牟尼世尊、佛寶。
所轉法輪、流布聖、法寶。
阿若陳如等五人、寶。
理體三寶
五分法身、名爲佛寶。
滅理無爲、名爲法寶。
學無學功、名爲寶。
一體三寶
證理大覺、名爲佛寶。
淨離染、名爲法寶。
至理和合、無擁無滯、名爲寶。
かくのごとくの三寶に歸依したてまつるなり。もし薄の衆生は、三寶の名字なほききたてまつらざるなり。いかにいはんや歸依したてまつることをえんや。

法華經曰、
罪衆生(是のの罪の衆生は)、
以惡業因(惡業の因を以て)、
過阿祇劫(阿祇劫を過ぐとも)、
不聞三寶名(三寶の名を聞かず)。
法華經は、佛如來一大事の因なり。大師釋尊所經のなかには、法華經これ大王なり、大師なり。餘經、餘法は、みなこれ法華經の臣民なり、眷屬なり。法華經中の所これまことなり、餘經中の所みな方便を帶せり、ほとけの本意にあらず。餘經中のをきたして法華に比校したてまつらん、これ逆なるべし。法華の功力をかうぶらざれば餘經あるべからず、餘經はみな法華に歸投したてまつらんことをまつなり。この法華經のなかに、いまのまします。しるべし、三寶の功、まさに最尊なり、最上なりといふこと。

世尊言、
衆人怖所逼、多歸依山(衆人所逼を怖れて、多く山)、
園苑及叢林、孤樹制多等(園苑及び叢林、孤樹制多等に歸依す)、
此歸依非勝、此歸依非尊(此の歸依は勝に非ず、此の歸依は尊に非ず)、
不因此歸依、能解衆苦(此の歸依に因りては、能く衆苦を解せず)。
有歸依佛、及歸依法の佛に歸依し、及び法に歸依すること有るは)、
於四聖諦中、恆以慧觀察(四聖諦の中に於て、恆に慧を以て觀察し)、
知苦知苦集、知永超衆苦(苦を知り苦の集を知り、永く衆苦を超えんことを知り)、
知八支聖道、趣安穩涅槃(八支の聖道を知り、安穩涅槃に趣く)。
此歸依最勝、此歸依最尊(此の歸依は最勝なり、此の歸依は最尊なり)、
必因此歸依、能解衆苦(必ず此の歸依に因つて、能く衆苦を解す)。
世尊あきらかに一切衆生のためにしめしまします。衆生いたづらに所逼をおそれて、山、鬼等に歸依し、あるいは外道の制多に歸依することなかれ。かれはその歸依によりて衆苦を解することなし。おほよそ外道の邪にしたがうて、
牛戒、鹿戒、羅刹戒、鬼戒、戒、聾戒、狗戒、鷄戒、雉戒。以灰塗身、長髪爲相、以羊祠時、先呪後殺、四月事火、七日服風。百千億華供養天、所欲願、因此成就。如是等法、能爲解因者、無有是處。智者處不讃、唐苦無善報(牛戒、鹿戒、羅刹戒、鬼戒、戒、聾戒、狗戒、鷄戒、雉戒あり。灰を以て身に塗り、長髪もて相を爲し、羊を以て時を祠り、先に呪して後に殺す。四月火に事へ、七日風に服し、百千億の華もて天に供養し、の欲ふ所の願、此れに因りて成就すといふ。是の如き等の法、能く解の因なりと爲さば、是の處有ること無けん。智者の讃めざる所なり、唐しく苦しんで善報無し)。
かくのごとくなるがゆゑに、いたづらに邪道に歸せざらんこと、あきらかに甄究すべし。たとひこれらの戒にことなる法なりとも、その道理、もし孤樹、制多等の道理に符合せらば、歸依することなかれ。人身うることかたし、佛法あふことまれなり。いたづらに鬼の眷屬として一生をわたり、むなしく邪見の流類として多生をすごさん、かなしむべし。はやく佛法三寶に歸依したてまつりて、衆苦を解するのみにあらず、菩提を成就すべし。

希有經云、化四天下及六欲天、皆得四果、不如一人受三歸功(四天下及び六欲天を化して、皆な四果を得しむとも、一人の三歸を受くる功には如かじ)。
四天下とは、東西南北州なり。そのなかに、北州は三乘の化いたらざるところ。かしこの一切衆生を化して阿羅漢となさん、まことにはなはだ希有なりとすべし。たとひそのありとも、一人ををしへて三歸をうけしめん功にはおよぶべからず。また六天は、得道の衆生まれなりとするところなり。かれをして四果をえしむとも、一人の受三歸の功のおほくふかきにおよぶべからず。

一阿含經云、有利天子、五衰相現、當生猪中。愁憂之聲、聞於天帝(一阿含經に云く、利天子有り、五衰の相現じて、當に猪の中に生ずべし。愁憂の聲、天帝聞えき)。
天帝聞之、喚來告曰、汝可歸依三寶(天帝之を聞きて、喚び來りて告げて曰く、汝、三寶に歸依すべし)。
時如、便免生猪(時にの如くせしに、便ち猪に生ずることを免れたり)。
偈言(佛、偈をいて言はく)、
有歸依佛(有、佛に歸依せば)、
不墜三惡道(三惡道に墜ちざらん)。
盡漏處人天(漏を盡くして人天に處し)、
便當至涅槃(便ち當に涅槃に至るべし)。
受三歸已、生長者家、還得出家、成於無學(三歸を受け已りて、長者の家に生じて、還た出家することを得て、無學を成ぜり)。

おほよそ歸依三寶の功、はかりはかるべきにあらず、無量無邊なり。
世尊在世に、二十六億の龍、ともに佛所に詣し、みなことごとくあめのごとくなみだをふらして、まうしてまうさく、
唯願哀愍、救濟於我。大悲世尊、我等憶念過去世時、於佛法中雖得出家、備造如是種種惡業。以惡業故、經無量身在三惡道。亦以餘報故、生在龍中受極大苦(唯願はくは哀愍して、我れを救濟したまへ。大悲世尊、我等過去世の時を憶念するに、佛法の中に於て出家することを得と雖も、備さに是の如くの種種の惡業を造りき。惡業を以ての故に、無量身を經て三惡道に在りき。亦た餘の報を以ての故に、生れて龍の中に在りて極大苦を受く)。
佛告龍、汝等今當盡受三歸、一心修善。以此故、於賢劫中値最後佛名曰樓至。於彼佛世、罪得除滅(佛、龍に告げたまはく、汝等今當に盡く三歸を受け、一心に善を修すべし。此のを以ての故に、賢劫の中に於て最後佛の名を樓至と曰ふに値ひたてまつり、彼の佛の世に於て、罪、除滅することを得べし)。
龍等聞是語已、皆悉至心、盡其形壽、各受三歸(時に龍等、是の語を聞き已りて、皆な悉く至心に、其の形壽を盡すまで、各三歸を受けたり)。
ほとけみづから龍を救濟しましますに、餘法なし、餘なし。ただ三歸をさづけまします。過去世に出家せしとき、かつて三歸をうけたりといへども、業報によりて龍となれるとき、餘法のこれをすくふべきなし。このゆゑに三歸をさづけまします。しるべし、三歸の功、それ最尊最上、甚深不可思議なりといふこと。世尊すでに證明しまします、衆生まさに信受すべし。十方の佛の各號を稱念せしめましまさず、ただ三歸をさづけまします。佛意の甚深なる、たれかこれを測量せん。いまの衆生、いたづらに各各の一佛の名號を稱念せんよりは、すみやかに三歸をうけたてまつるべし。愚闇にして大功をむなしくすることなかれ。

爾時衆中有盲龍女。口中爛、滿雜蟲、状如屎尿。乃至穢惡猶若婦人根中不淨。臭難看。種種噬食、膿血流出。一切身分、常有蚊虻惡毒蝿之所食、身體臭處、難可見聞(爾の時に衆中に盲龍女有りき。口中爛し、の雜蟲滿てり、状、屎尿の如し。乃至穢惡なること猶ほ婦人の根中の不淨の若し。臭看難し。種種に噬食せられて、膿血流出す。一切の身分、常に蚊虻の惡毒蝿に食せらるる有り、身體の臭處、見聞すべきこと難し)。
爾時世尊、以大悲心、見彼龍婦眼盲困苦如是、問言、妹何故得此惡身、於過去世曾爲何業(爾の時に世尊、大悲心を以て、彼の龍婦の眼盲ひ困苦すること是の如くなるを見たまひて、問うて言はく、妹、何のの故にか此の惡身を得たる、過去世に曾て何の業をか爲りし)。
龍婦答言、世尊、我今此身、衆苦逼迫無暫時停。設復欲言、而不能。我念過去三十六億、於百千年、惡龍中受如是苦、乃至日夜刹那不停。爲我往昔九十一劫、於毘婆尸佛法中、作比丘尼、思念欲事、過於醉人。雖復出家不能如法。於伽藍内敷施牀褥、數數犯於非梵行事、以快欲心、生大樂受。或貪求他物、多受信施。以如是故、於九十一劫、常不得受天人之身、恆三惡道受燒煮(龍婦答へて言さく、世尊、我が今此の身、衆苦逼迫して暫時も停まること無し。設し復た言はんと欲ふも、而もくこと能はじ。我れ過去三十六億を念ふに、百千年に於て、惡龍の中に是の如くの苦を受け、乃至日夜刹那も停まざりき。我が往昔九十一劫を爲ふに、毘婆尸佛の法の中に於て、比丘尼と作り、欲事を思念すること醉人よりも過ぎたり。復た出家すと雖も如法なること能はず。伽藍の内に牀褥を敷施て、數數非梵行の事を犯し、以て欲心を快くして大樂受を生じき。或いは他の物を貪求し、多く信施を受く。是の如くなるを以ての故に、九十一劫に、常に天人の身を受くること得ず、恆に三惡道にしての燒煮を受けき)。
佛又問言、若如是者、此中劫盡、妹何處生(佛又問うて言はく、若し是の如くならば、此の中の劫盡きて、妹、何れの處にか生ずべき)。
龍婦答言、我以過去業力因、生餘世界、彼劫盡時、惡業風吹、還來生此(龍婦答へて言さく、我れ過去の業力の因を以て、餘の世界に生れ、彼の劫盡くる時、惡業の風吹いて、還た來つて此に生ずべし)。
時彼龍婦、此語已作如是言、大悲世尊、願救濟我、願救濟我(時に彼の龍婦、此の語をき已りて是の如くの言を作さく、大悲世尊、願はくは我を救濟したまへ、願はくは我を救濟したまへ)。
爾時世尊、以手掬水、告龍女言、此水名爲瞋陀留脂藥和。我今誠實發言語汝、我於往昔、爲救鴿故、棄身命、終不疑念起慳惜心。此言若實、令汝惡患、悉皆除(爾の時に世尊、手を以て水を掬ひ、龍女に告げて言はく、此の水を名づけて瞋陀留脂藥和と爲す。我れ今誠實に言を發して汝に語らん、我れ往昔に於て、鴿を救はんが爲の故に、身命を棄しも、終に疑念して慳惜の心を起さざりき。此の言若し實ならば、汝が惡患をして悉皆に除しむべし)。
時佛世尊、以口含水、灑彼盲龍婦女之身、一切惡患臭處皆已、作如是言、我今於佛、乞受三歸(時に佛世尊、口を以て水を含み、彼の盲龍婦女の身に灑ぎたまふに、一切の惡患臭處皆なえたり。ゆることを得已りて、是の如くのを作して言さく、我れ今佛に於て、三歸を受けんことを乞ふ)。
是時世尊、爲龍女授三歸依(是の時に世尊、ち龍女の爲に三歸依を授けたまへり)。
この龍女、むかしは毘婆尸佛の法のなかに比丘尼となれり。禁戒を破すといふとも、佛法の通塞を見聞すべし。いまはまのあたり釋牟尼佛にあひたてまつりて三歸を乞授す、ほとけより三歸をうけたてまつる、厚殖善根といふべし。見佛の功、かならず三歸によれり。われら盲龍にあらず、畜身にあらざれども、如來をみたてまつらず、ほとけにしたがひたてまつりて三歸をうけず、見佛はるかなり、はぢつべし。世尊みづから三歸をさづけまします、しるべし、三歸の功、それ甚深無量なりといふこと。天帝釋の野干を拜して三歸をうけし、みな三歸の功の甚深なるによりてなり。

佛在毘羅衞尼拘陀林時、釋摩男來至佛所、作如是言云、何名爲優婆塞也(佛、毘羅衞尼拘陀林に在しし時、釋摩男、佛の所に來至して、是の如くの言を作して云く、何をか名づけて優婆塞と爲すや)。
、若有善男子善女人、根完具、受三歸依、是名爲優婆塞也(佛ち爲にきたまはく、若し善男子善女人有りて、根完具し、三歸依を受けん、是れをち名づけて優婆塞と爲す)。
釋摩男言、世尊、云何名爲一分優婆塞(釋摩男言さく、世尊、云何が名づけて一分の優婆塞と爲すや)。
佛言、摩男、若受三歸、及受一戒、是名一分優婆塞(佛言はく、摩男、若し三歸を受け、及び一戒をも受くれば、是れを一分の優婆塞と名づく)。
佛弟子となること、かならず三歸による。いづれの戒をうくるも、かならず三歸をうけて、そののち戒をうくるなり。しかあればすなはち、三歸によりて得戒あるなり。

法句經云、昔有天帝、自知命終生於驢中、愁憂不已曰、救苦厄者、唯佛世尊(法句經云く、昔天帝有り、自ら、命終して驢中に生ぜんことを知り、愁憂已まずして曰く、苦厄を救はん者は、唯佛世尊のみなり)。
便至佛所、稽首伏地、歸依於佛。未起之間、其命便終生於驢胎。母驢斷、破陶家坏器。器主打之、遂傷其胎、還入天帝身中(便ち佛の所に至り、稽首伏地し、佛に歸依したてまつる。未だ起たざる間に、其の命便ち終りて驢胎に生ぜり。母の驢、斷たれて、陶家の坏器を破りつ。器主之を打つに、遂に其の胎を傷り、天帝の身中に還り入れり)。
佛言、殞命之際、歸依三寶、罪對已畢(佛言はく、殞命の際、三寶に歸依したれば、罪對已に畢りぬ)。
天帝聞之得初果(天帝、之を聞きて初果を得たり)。
おほよそ世間の苦厄をすくふこと、佛世尊にはしかず。このゆゑに、天帝いそぎ世尊のみもとに詣す。伏地のあひだに命終し、驢胎に生ず。歸佛の功により、驢母のやぶれて陶家の坏器を踏破す。器主これをうつ、驢母の身いたみて託胎の驢やぶれぬ。すなはち天帝の身にかへりいる。佛をききて初果をうる、歸依三寶の功力なり。
しかあればすなはち、世間の苦厄すみやかにはなれて、無上菩提を證得せしむること、かならず歸依三寶のちからなるべし。おほよそ三歸のちから、三惡道をはなるるのみにあらず、天帝釋の身に還入す。天上の果報をうるのみにあらず、須陀の聖者となる。まことに三寶の功海、無量無邊にましますなり。世尊在世は人天この慶幸あり、いま如來滅後、後五百歳のとき、人天いかがせん。しかあれども、如來形像舍利等、なほ世間に現住しまします。これに歸依したてまつるに、またかみのごとくの功をうるなり。

未曾有經云、佛言、憶念過去無數劫時、毘摩大國徙陀山中、有一野干。而爲師子所逐欲食。奔走墮井不能得出。經於三日、開心分死、而偈言(未曾有經云く、佛言はく、過去無數劫時を憶念するに、毘摩大國徙陀山中に一野干有りき。而も師子に逐はれ、食はれなんとす。奔走して井に墮ちて出づること得ること能はず。三日を經るに、開心して死を分へ、而も偈をいて言く)、
禍哉今日苦所逼(禍ひなる哉今日苦に逼られ)、
便當沒命於丘井(便ち當に命を丘井に沒せんとす)。
一切萬物皆無常(一切萬物皆な無常なり)、
恨不以身飴師子(恨むらくは身を以て師子に飴はざりしことを)。
南無歸依十方佛、表知我心淨無己(我が心淨にして己れ無きことを表知したまへ)。
時天帝釋聞佛名、肅然毛豎念古佛。自惟孤露無導師、耽著五欲自沈沒。天八萬衆、飛下詣井、欲問詰。乃見野干在井底、兩手攀土不得出(時に天帝釋、佛の名を聞きて、肅然として毛豎ちて古佛を念へり。自ら惟へらく、孤露にして導師無く、五欲に耽著して自ら沈沒すと。天八萬衆と與に、飛下して井に詣りて、問詰せんと欲へり。乃ち野干の井底に在りて、兩手をもて土を攀づれども出づること得ざるを見たり)。
天帝復自思念言、聖人應念無方。我今雖見野干形、斯必菩薩非凡器。仁者向非凡言、願爲法要(天帝復た自ら思念して言く、聖人應に方無からんと念ふべし。我れ今野干の形を見ると雖も、斯れは必ず菩薩にして凡器に非ざらん。仁者向する、凡言に非ず、願はくは天の爲に法要をきたまへ)。
於時野干仰答曰、汝爲天帝無訓。法師在下自處上、都不修敬問法要。法水淨能濟人、云何欲得自貢高(時に野干、仰いで答へて曰く、汝、天帝として訓無し。法師は下に在りて自らは上に處る、都て敬を修せずして法要を問ふ。法水淨にして能く人を濟ふ、云何が自ら貢高ならんと欲得ふや)。
天帝聞是大慚愧(天帝、是を聞きて大きに慚愧せり)。
給侍天愕然笑、天王降趾大無利(給侍の天愕然として笑ふ、天王降趾すれども大きに利無し)。
天帝時告天、愼勿以此懷驚怖。是我頑蔽不稱、必當因是聞法要(天帝ち時に天に告ぐらく、愼んで此れを以て驚怖を懷くこと勿れ。是れ我がを頑蔽して稱げざるなり。必ず當に是れに因りて法要を聞くべし)。
爲垂下天寶衣、接取野干出於上。天爲設甘露食、野干得食生活望。非意禍中致斯。心懷勇躍慶無量。野干爲天帝及天、廣法要(ち爲に天寶衣を垂下して、野干を接取して上に出しつ。天、爲に甘露の食を設け、野干、食することを得て活望を生ぜり。意はざりき、禍中に斯のを致さんとは。心に勇躍を懷きて慶ぶこと無量なり。野干、天帝及び天の爲に廣く法要をきき)。
これを天帝拜畜爲師の因と稱ず。あきらかにしりぬ、佛名、法名、名のききがたきこと、天帝の野干を師とせし、その證なるべし。いまわれら宿善のたすくるによりて、如來の遺法にあふたてまつり、晝夜に三寶の寶號をききたてまつること、時とともにして不退なり。これすなはち法要なるべし。天魔波旬なほ三寶に歸依したてまつりて患難をまぬかる、いかにいはんや餘者の、三寶の功におきて積功累せらん、はかりしらざらめやは。

おほよそ佛子の行道、かならずまづ十方の三寶を敬禮したてまつり、十方の三寶を勸したてまつりて、そのみまへに燒香散華して、まさに行を修するなり。これすなはち古先の勝躅なり、佛の古儀なり。もし歸依三寶の儀、いまだかつておこなはざるは、これ外道の法なりとしるべし、または天魔の法ならんとしるべし。佛佛の法は、かならずそのはじめに歸依三寶の儀軌あるなり。

正法眼藏歸依三寶第六

建長七年乙卯夏安居日、以先師之御草本書寫畢。未及中書書等。定御再治之時有添削。於今不可叶其儀。仍御草如此云。
弘安二年己卯夏安居五月廿一日在越宇中濱新善光寺書寫之義雲