第三 袈裟功
佛佛正傳の衣法、まさしく震旦國に正傳することは、嵩嶽の高のみなり。高は、
釋牟尼佛より第二十八代のなり。西天二十八傳、嫡嫡あひつたはれり。二十八、したしく震旦にいりて初たり。震旦國人五傳して、曹溪にいたりて三十三代のなり、これを六と稱ず。第三十三代の大鑑禪師、この衣法を黄梅山にして夜半に正傳し、一生護持、いまなほ曹溪山寶林寺に安置せり。
代の帝王、あひつぎて内裡に奉し、供養禮拜す、物護持せるものなり。唐朝中宗、肅宗、代宗、しきりに歸内供養しき。奉のとき、奉送のとき、ことさら勅使をつかはし、詔をたまふ。代宗皇帝、あるとき佛衣を曹溪山におくりたてまつる詔にいはく、
今遣鎭國大將軍劉崇景頂戴而送。朕爲之國寶。卿可於本寺安置、令衆親承宗旨者、嚴加守護、勿令遺墜(今、鎭國大將軍劉崇景をして、頂戴して送らしむ。朕、之を國寶とす。卿、本寺に安置し、衆の親しく宗旨を承けし者をして嚴しく守護を加へ、遺墜せしむることなからしむべし)。
まことに無量恆河沙の三千大千世界を統領せんよりも、佛衣現在の小國に王としてこれを見聞供養したてまつらんは、生死のなかの善生、最勝の生なるべし。佛化のおよぶところ、三千界いづれのところか袈裟なからん。しかありといへども、嫡嫡面授して佛袈裟を正傳せるは、ただひとり嵩嶽の曩のみなり、旁出は佛袈裟をさづけられず。二十七の旁出、跋陀婆羅菩薩の傳、まさに肇法師におよぶといへども、佛袈裟の正傳なし。震旦の四大師、また牛頭山の法融禪師をわたすといへども、佛袈裟を正傳せず。
しかあればすなはち、正嫡の相承なしといへども、如來の正法その功むなしからず、千古萬古みな利廣大なり。正嫡相承せらんは、相承なきとひとしかるべからず。
しかあればすなはち、人天もし袈裟を受持せんは、佛相傳の正傳を傳受すべし。印度震旦、正法像法のときは、在家なほ袈裟を受持す。いま遠方邊土の澆季には、剃除鬚髪して佛弟子と稱ずる、袈裟を受持せず、いまだ受持すべきと信ぜず、しらず、あきらめず、かなしむべし。いはんや體色量をしらんや、いはんや著用の法をしらんや。
袈裟はふるくより解服と稱ず、業障、煩惱障、報障等、みな解すべきなり。龍もし一縷をうれば三熱をまぬかる、牛もし一角にふるればその罪おのづから消滅す。佛成道のとき、かならず袈裟を著す。しるべし、最尊最上の功なりといふこと。
まことにわれら邊地にうまれて末法にあふ、うらむべしといへども、佛佛嫡嫡相承の衣法にあふたてまつる、いくそばくのよろこびとかせん。いづれの家門か、わが正傳のごとく釋尊の衣法ともに正傳せる。これにあふたてまつりて、たれか恭敬供養せざらん。たとひ一日に無量恆河沙の身命をすてても、供養したてまつるべし、なほ生生世世の値遇頂戴、供養恭敬を發願すべし。われら佛生國をへだつること十萬餘里の山海はるかにして通じがたしといへども、宿善のあひもよほすところ、山海に擁塞せられず、邊鄙の愚蒙きらはるることなし。この正法にあふたてまつり、あくまで日夜に修す、この袈裟を受持したてまつり、常恆に頂戴護持す。ただ一佛二佛のみもとにして、功を修せるのみならんや、すでに恆河沙等の佛のみもとにして、もろもろの功を修せるなるべし。たとひ自己なりといふとも、たふとぶべし、隨喜すべし。師傳法の深恩、ねんごろに報謝すべし。畜類なほ恩を報ず、人類いかでか恩をしらざらん。もし恩をしらずは、畜類よりも愚なるべし。
この佛衣佛法の功、その傳佛正法の師にあらざれば、餘輩いまだあきらめず、しらず。佛のあとを欣求すべくは、まさにこれを欣樂すべし。たとひ百千萬代ののちも、この正傳を正傳とすべし。これ佛法なるべし、證驗まさにあらたならん。水を乳に入るるに相似すべからず。皇太子の帝位に位するがごとし。かの合水の乳なりとも、乳をもちゐん時は、この乳のほかにさらに乳なからんには、これをもちゐるべし。たとひ水と合せずとも、あぶらをもちゐるべからず、うるしをもちゐるべからず、さけをもちゐるべからず。この正傳もまたかくのごとくならん。たとひ凡師の庸流なりとも、正傳あらんは用乳のよろしきときなるべし。いはんや佛佛の正傳は、皇太子の位のごとくなるなり。俗なほいはく、先王の法服にあらざれば服せず。佛子いづくんぞ佛衣にあらざらんを著せん。後漢孝明皇帝、永平十年よりのち、西天東地に往還する出家在家、くびすをつぎてたえずといへども、西天にして佛佛正傳の師にあふといはず。如來より面授相承の系譜なし。ただ經論師にしたがうて、梵本の經を傳來せるなり。佛法正嫡の師にあふといはず、佛袈裟相傳の師ありとかたらず。あきらかにしりぬ、佛法の奥にいらざりけりといふことを。かくのごときのひと、佛正傳のむね、あきらめざるなり。
釋牟尼如來、正法眼藏無上菩提を、摩訶葉に附授しましますに、葉佛正傳の袈裟、ともに傳授しまします。嫡嫡相承して曹溪山大鑑禪師にいたる、三十三代なり。その體色量、親傳せり。それよりのち、原南嶽の法孫、したしく傳法しきたり、宗の法を搭し、宗の法を製す。浣洗の法および受持の法、この嫡嫡面授の堂奥に參學せざれば、しらざるところなり。
袈裟言有三衣、五條衣七條衣、九條衣等大衣也。上行之流、唯受此三衣、不畜餘衣、唯用三衣、供身事足(袈裟は言く三衣有り、五條衣七條衣、九條衣等の大衣也。上行の流は、唯此の三衣を受けて餘衣を畜へず、唯三衣を用て身に供じて事足す)。
若經營作務、大小行來、著五條衣。爲善事入衆、著七條衣。化人天、令其敬信、須著九條等大衣(若し經營作務、大小の行來には、五條衣を著す。の善事を爲し入衆せんには、七條衣を著す。人天を化し、其をして敬信せしめんには、須らく九條等の大衣を著すべし)。
又在屏處、著五條衣、入衆之時、著七條衣。若入王宮聚落、須著大衣(又屏處に在らんには五條衣を著し、入衆の時には七條衣を著す。若し王宮聚落に入らんには、須らく大衣を著すべし)。
又復調和之時、著五條衣、寒冷之時、加著七條衣、寒苦嚴切、加以著大衣(又復調和の時には五條衣を著し、寒冷の時には七條衣を加著し、寒苦嚴切ならんには加ふるに以て大衣を著す)。
故往一時、正冬入夜、天寒裂竹。如來於彼初夜分時、著五條衣。夜久轉寒、加七條衣、於夜後分、天寒轉盛、加以大衣(故往の一時、正冬に夜に入りて、天寒くして竹を裂く。如來、彼の初夜の分時に於て、五條衣を著したまひき。夜久しく轉た寒きには七條衣を加へ、夜の後分に於て、天寒轉た盛んなるには、加ふるに大衣を以てしたまひき)。
佛便作念、未來世中、不忍寒苦、善男子、以此三衣、足得充身(佛便ち念を作したまはく、未來世の中に、寒苦を忍びざるには、の善男子、此の三衣を以て、足らはして充身することを得ん)。
搭袈裟法
偏袒右肩、これ常途の法なり。通兩肩搭の法あり、如來および耆年老宿の儀なり。兩肩を通ずといふとも、胸臆をあらはすときあり、胸臆をおほふときあり。通兩肩搭は六十條衣以上の大袈裟のときなり。搭袈裟のとき、兩端ともに左臂肩にかさねかくるなり。前頭は左端のうへにかけて臂外にたれたり。大袈裟のとき、前頭を左肩より通じて背後にいだしたれたり。このほか種種の著袈裟の法あり、久參咨問すべし。
梁陳隋唐宋あひつたはれて數百歳のあひだ、大小兩乘の學者、おほく講經の業をなげすてて、究竟にあらずとしりて、すすみて佛正傳の法を學せんとするとき、かならず從來の弊衣を落して、佛正傳の袈裟を受持するなり。まさしくこれ邪歸正なり。
如來の正法は、西天すなはち法本なり。古今の人師、おほく凡夫の量局量の小見をたつ。佛界衆生界、それ有邊無邊にあらざるがゆゑに、大小乘の行人理、いまの凡夫の局量にいるべからず。しかあるに、いたづらに西天を本とせず、震旦國にして、あらたに局量の小見を今案して佛法とせる、道理しかあるべからず。
しかあればすなはち、いま發心のともがら、袈裟を受持すべくは、正傳の袈裟を受持すべし。今案の新作袈裟を受持すべからず。正傳の袈裟といふは、少林曹溪正傳しきたれる、如來の嫡嫡相承なり。一代も虧闕なし。その法子法孫の著しきたれる、これ正傳袈裟なり。唐土の新作は正傳にあらず。いま古今に、西天よりきたれる徒の所著の袈裟、みな佛正傳の袈裟のごとく著せり。一人としても、いま震旦新作の律學のともがらの所製の袈裟のごとくなるなし。くらきともがら、律學の袈裟を信ず、あきらかなるものは抛却するなり。
おほよそ、佛佛相傳の袈裟の功、あきらかにして信受しやすし。正傳まさしく相承せり。本樣まのあたりつたはれり、いまに現在せり。受持しあひ嗣法していまにいたる。受持せる師、ともにこれ證契傳法の師資なり。
しかあればすなはち、佛正傳の作袈裟の法によりて作法すべし。ひとりこれ正傳なるがゆゑに。凡聖人天龍、みなひさしく證知しきたれるところなり。この法の流布にむまれあひて、ひとたび袈裟を身體におほひ、刹那須臾も受持せん、すなはちこれ決定成無上菩提の護身符子ならん。一句一偈を身心にそめん、長劫光明の種子として、つひに無上菩提にいたる。一法一善を身心にそめん、亦復如是なるべし。心念も刹那生滅し無所住なり、身體も刹那生滅し無所住なりといへども、所修の功、かならず熟のときあり。袈裟また作にあらず無作にあらず、有所住にあらず無所住にあらず、唯佛與佛の究盡するところなりといへども、受持する行者、その所得の功、かならず成就するなり、かならず究竟するなり。もし宿善なきものは、一生二生乃至無量生を經歴すといふとも、袈裟をみるべからず、袈裟を著すべからず、袈裟を信受すべからず、袈裟をあきらめしるべからず。いま震旦國日本國をみるに、袈裟をひとたび身體に著することうるものあり、えざるものあり。貴賤によらず、愚智によらず。はかりしりぬ、宿善によれりといふこと。
しかあればすなはち、袈裟を受持せんは宿善よろこぶべし、積功累うたがふべからず。いまだえざらんはねがふべし、今生いそぎ、そのはじめて下種せんことをいとなむべし。さはりありて受持することえざらんものは、佛如來、佛法の三寶に、慚愧懺悔すべし。他國の衆生いくばくかねがふらん、わがくにも震旦國のごとく、如來の衣法まさしく正傳親臨せましと。おのれがくにに正傳せざること、慚愧ふかかるらん、かなしむうらみあるらん。われらなにのさいはひありてか、如來世尊の衣法正傳せる法にあひたてまつれる。宿殖般若の大功力なり。
いま末法惡時世は、おのれが正傳なきをはぢず、他の正傳あるをそねむ、おもはくは魔黨ならん。おのれがいまの所有所住は、前業にひかれて眞實にあらず。ただ正傳佛法に歸敬せん、すなはちおのれが學佛の實歸なるべし。
およそしるべし、袈裟はこれ佛の恭敬歸依しましますところなり。佛身なり、佛心なり。解服と稱じ、田衣と稱じ、無相衣と稱じ、無上衣と稱じ、忍辱衣と稱じ、如來衣と稱じ、大慈大悲衣と稱じ、勝幡衣と稱じ、阿耨多羅三藐三菩提衣と稱ず。まさにかくのごとく受持頂戴すべし。かくのごとくなるがゆゑに、こころにしたがうてあらたむべきにあらず。
その衣財、また絹布よろしきにしたがうてもちゐる。かならずしも布は淨なり、絹は不淨なるにあらず。布をきらうて絹をとる所見なし、わらふべし。佛の常法、かならず糞掃衣を上品とす。
糞掃に十種あり、四種あり。
いはゆる火燒、牛嚼、鼠噛、死人衣等。五印度人、如此等衣、棄之巷野。事同糞掃、名糞掃衣。行者取之、浣洗縫治、用以供身(火燒、牛嚼、鼠噛、死人衣等なり。五印度の人、此の如き等の衣、之を巷野に棄つ。事、糞掃に同じ、糞掃衣と名づく。行者之を取つて、浣洗縫治して、用以て身に供ず)。
そのなかに絹類あり、布類あり。絹布の見をなげすてて、糞掃を參學すべきなり。
糞掃衣は、むかし阿耨達池にして浣洗せしに、龍王讃歎、雨花禮拜しき。
小乘師また化絲のあり、よところなかるべし、大乘人わらふべし。いづれか化絲にあらざらん。なんぢ化をきくみみを信ずとも、化をみる目をうたがふ。
しるべし、糞掃をひろふなかに、絹に相似なる布あらん、布に相似なる絹あらん。土俗萬差にして造化はかりがたし、肉眼のよくしるところにあらず。かくのごときのものをえたらん、絹布と論ずべからず、糞掃と稱ずべし。たとひ人天の糞掃と生長せるありとも、有ならじ、糞掃なるべし。たとひ松菊の糞掃と生長せるありとも、非ならじ、糞掃なるべし。糞掃の絹布にあらず、金銀珠玉にあらざる道理を信受するとき、糞掃現成するなり。絹布の見解いまだ落せざれば、糞掃也未夢見在なり。
あるかつて古佛にとふ、黄梅夜半の傳衣、これ布なりとやせん、絹なりとやせん。畢竟じてなにものなりとかせん。
古佛いはく、これ布にあらず、これ絹にあらず。
しるべし、袈裟は絹布にあらざる、これ佛道の玄訓なり。
商那和修尊者は第三の附法藏なり、むまるるときより衣と倶生せり。この衣、すなはち在家のときは俗服なり、出家すれば袈裟となる。また鮮白比丘尼、發願施ののち、生生のところ、および中有、かならず衣と倶生せり。今日釋牟尼佛にあふたてまつりて出家するとき、生得の俗衣、すみやかに轉じて袈裟となる。和修尊者におなじ。あきらかにしりぬ、袈裟は絹布等にあらざること。いはんや佛法の功、よく身心法を轉ずること、それかくのごとし。われら出家受戒のとき、身心依正すみやかに轉ずる道理あきらかなれど、愚蒙にしてしらざるのみなり。佛の常法、ひとり和修鮮白に加して、われらに加せざることなきなり。隨分の利、うたがふべからざるなり。
かくのごとくの道理、あきらかに功夫參學すべし。善來得戒の披體の袈裟、かならずしも布にあらず、絹にあらず。佛化難思なり、衣裏の寶珠は算沙の所能にあらず。
佛の袈裟の體色量の有量無量、有相無相、あきらめ參學すべし。西天東地、古往今來の師、みな參學正傳せるところなり。正傳のあきらかにしてうたがふところなきを見聞しながら、いたづらにこの師に正傳せざらんは、その意樂ゆるしがたからん。愚癡のいたり、不信のゆゑなるべし。實をすててをもとめ、本をすてて末をねがふものなり。これ如來を輕忽したてまつるならん。菩提心をおこさんともがら、かならず師の正傳を傳受すべし。われらあひがたき佛法にあひたてまつるのみにあらず、佛袈裟正傳の法孫としてこれを見聞し、學し、受持することをえたり。すなはちこれ如來をみたてまつるなり。佛法をきくなり、佛光明にてらさるるなり、佛受用を受用するなり。佛心を單傳するなり、佛髓をえたるなり。まのあたり釋牟尼佛の袈裟におほはれたてまつるなり。釋牟尼佛まのあたりわれに袈裟をさづけましますなり。ほとけにしたがふたてまつりて、この袈裟はうけたてまつれり。
浣袈裟法
袈裟をたたまず、淨桶にいれて、香湯を百沸して、袈裟をひたして、一時ばかりおく。またの法、きよき灰水を百沸して、袈裟をひたして、湯のひややかになるをまつ。いまはよのつねに灰湯をもちゐる。灰湯、ここにはあくのゆといふ。灰湯さめぬれば、きよくすみたる湯をもて、たびたびこれを浣洗するあひだ、兩手にいれてもみあらはず、ふまず。あかのぞこほり、あぶらのぞこほるを期とす。そののち、沈香栴檀香等を冷水に和してこれをあらふ。そののち淨竿にかけてほす。よくほしてのち、摺襞してたかく安じて、燒香散花して、右遶數匝して禮拜したてまつる。あるいは三拜、あるいは六拜、あるいは九拜して、胡跪合掌して、袈裟を兩手にささげて、くちに偈を誦してのち、たちて如法に著したてまつる。
世尊告大衆言、我往昔在寶藏佛所時、爲大悲菩薩。爾時大悲菩薩摩訶薩、在寶藏佛前、而發願言(世尊大衆に告げて言はく、我れ往昔寶藏佛の所に在りし時、大悲菩薩たり。爾の時に大悲菩薩摩訶薩、寶藏佛の前に在りて發願して言さく)、
世尊、我成佛已、若有衆生入我法中出家著袈裟者、或犯重戒、或行邪見、若於三寶輕毀不信、集重罪、比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、若於一念中、生恭敬心、尊重伽梨衣、生恭敬心、尊重世尊或於法、世尊如是衆生、乃至一人、不於三乘得受記、而退轉者、則爲欺誑十方世界、無量無邊阿祇等、現在佛。必定不成阿耨多羅三藐三菩提(世尊、我成佛し已らんに、若し衆生有つて、我が法の中に入りて、出家して袈裟を著する者の、或いは重戒を犯し、或いは邪見を行じ、若しは三寶に於て輕毀して信ぜず、の重罪を集たらん比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷、若し一念の中に恭敬心を生じて、伽梨衣を尊重し、恭敬心を生じて世尊或いは法に於て尊重せん。世尊、是の如くの衆生、乃至一人も、三乘に於て記を受くることを得ずして而も退轉せば、則ち爲十方世界の無量無邊阿祇等の現在の佛を欺誑したてまつるなり。必定じて阿耨多羅三藐三菩提を成らじ)。
世尊、我成佛已來、天龍鬼、人及非人、若能於此著袈裟者、恭敬供養、尊重讃歎。其人若得見此袈裟少分、得不退於三乘中(世尊、我れ成佛してより已來、の天龍鬼、人及び非人、若し能く此の著袈裟の者に於て、恭敬供養し、尊重讃歎せん。其の人若し此の袈裟の少分を見ることを得ば、ち三乘の中に於て不退なることを得ん)。
若有衆生、爲飢渇所逼、若貧窮鬼、下賤人、乃至鬼衆生、若得袈裟少分乃至四寸、得飮食充足、隨其所願、疾得成就(若し衆生有つて、飢渇の爲に逼められん、若しは貧窮の鬼、下賤の人、乃至鬼の衆生までも、若し袈裟の少分の乃至四寸を得たらんには、ち飮食充足することを得ん。その所願に隨ひて疾く成就することを得ん)。
若有衆生、共相違反、起怨賊想、展轉鬪諍、若天龍鬼、乾闥婆、阿修羅、樓羅、緊那羅、摩羅伽、狗辨荼、毘舍遮、人及非人、共鬪諍時、念此袈裟、依袈裟力、尋生悲心、柔軟之心、無怨賊心、寂滅之心、調伏善心、還得淨(若し衆生有つて、共に相違反し、怨賊の想を起して、展轉鬪諍せん、若しはの天龍、鬼、乾闥婆、阿修羅、樓羅、緊那羅、摩羅伽、狗辨荼、毘舍遮、人及非人、共に鬪諍せん時、此の袈裟を念ぜば、袈裟の力に依りて、尋いで悲心、柔軟の心、無怨賊の心、寂滅の心、調伏の善心を生じて、還た淨なることを得ん)。
有人若在兵甲鬪訟斷事之中、持此袈裟少分至此輩中、爲自護故、供養恭敬尊重、是人等、無能侵毀觸輕弄。常得勝他、過此難(人有つて若し兵甲鬪訟斷事の中に在らんに、此の袈裟の少分を持つて此の輩の中に至らん、自護の爲の故に、供養し恭敬し尊重せん、是の人等、能く侵毀觸輕弄すること無けん。常に他に勝つことを得て、此の難を過ぎん)。
世尊、若我袈裟、不能成就如是五事聖功者、則爲欺誑十方世界、無量無邊阿祇等、現在佛。未來不應成就阿耨多羅三藐三菩提作佛事也。沒失善法、必定不能破壞外道(世尊、若し我が袈裟の、是の如くの五事の聖功を成就すること能はずは、則ち十方世界の無量無邊阿祇等の現在したまふ佛を欺誑したてまつるなり。未來に應に阿耨多羅三藐三菩提を成就し、佛事を作すべからず。善法を沒失し、必定じて外道を破壞すること能はじ)。
善男子、爾時寶藏如來、申金色右臂、摩大悲菩薩頂、讃言、善哉善哉、大丈夫、汝所言者、是大珍寶、是大賢善。汝成阿耨多羅三藐三菩提已、是袈裟服、能成就此五聖功、作大利(善男子、爾の時に寶藏如來、金色の右臂を申べて、大悲菩薩の頂を摩でて讃めて言はく、善哉善哉、大丈夫、汝が所言は、是れ大珍寶なり、是れ大賢善なり。汝、阿耨多羅三藐三菩提を成じ已らんに、是の袈裟服は、能く此の五聖功を成就して大利を作さん)。
善男子、爾時大悲菩薩摩訶薩、聞佛讃歎已、心生歡喜、踊躍無量。因佛申此金色之臂、長作合縵。其手柔軟、猶如天衣、摩其頭已、其身變、状如僮子二十歳(善男子、爾の時に大悲菩薩摩訶薩、佛の讃歎したまふを聞き已りて、心に歡喜を生じ、踊躍すること無量なり。因みに佛此の金色の臂を申べたまふに、長作合縵なり。その手柔軟なること、猶ほ天衣の如く、其の頭を摩で已るに、其の身ち變じて、状僮子二十歳ばかりの人の如し)。
善男子、彼會大衆、天龍乾闥婆、人及非人、叉手恭敬、向大悲菩薩、供養種種華、乃至伎樂而供養之、復種種讃歎已、默然而住(善男子、彼の會の大衆、天龍乾闥婆、人及非人、叉手恭敬し、大悲菩薩に向ひて種種の花を供養し、乃至伎樂して之を供養し、復た種種に讃歎し已りて、默然として住せり)。
如來在世より今日にいたるまで、菩薩聲聞の經律のなかより、袈裟の功をえらびあぐるとき、かならずこの五聖功をむねとするなり。
まことにそれ、袈裟は三世佛の佛衣なり。その功無量なりといへども、釋牟尼佛の法のなかにして袈裟をえたらんは、餘佛の法のなかにして袈裟をえんにもすぐれたるべし。ゆゑいかんとなれば、
釋牟尼佛むかし因地のとき、大悲菩薩摩訶薩として、寶藏佛のみまへにて五百大願をたてましますとき、ことさらこの袈裟の功におきて、かくのごとく誓願をおこしまします。その功、さらに無量不可思議なるべし。しかあればすなはち、世尊の皮肉骨髓いまに正傳するといふは袈裟衣なり。正法眼藏を正傳する師、かならず袈裟を正傳せり。この衣を傳持し頂戴する衆生、かならず二三生のあひだに得道せり。たとひ戲笑のため利のために身を著せる、かならず得道の因なり。
龍樹師曰、復次佛法中出家人、雖破戒墮罪、罪畢得解、如優鉢羅華比丘尼本生經中(復た次に佛法中の出家人は、破戒して墮罪すと雖も、罪畢りぬれば解を得ること、優鉢羅華比丘尼本生經の中にくが如し)。
佛在世時、此比丘尼、得六通阿羅漢。入貴人舍、常讃出家法、語貴人婦女言、姉妹可出家(佛在世の時、此の比丘尼、六通阿羅漢を得たり。貴人の舍に入りて、常に出家の法を讃めて、の貴人婦女に語りて言く、姉妹、出家すべし)。
貴婦女言、我等少壯容色盛美、持戒爲難、或當破戒(我等少壯くして容色盛美なり、持戒を難しと爲す、或いは當に破戒すべし)。
比丘尼言、破戒便破、但出家(戒を破らば便ち破すべし、但だ出家すべし)。
問言、破戒當墮地獄、云何可破(戒を破らば當に地獄に墮すべし、云何が破すべき)。
答曰、墮地獄便墮(地獄に墮さば便ち墮すべし)。
貴婦女笑之言、地獄受罪、云何可墮(地獄にては罪を受く、云何が墮すべき)。
比丘尼言、我自憶念本宿命時、作戲女、著種種衣服而舊語。或時著比丘尼衣、以爲戲笑。以是因故、葉佛時、作比丘尼。時自恃貴姓端正生慢、而破禁戒。破禁戒罪故、墮地獄受種種罪。受畢竟價釋牟尼佛出家、得六通阿羅漢道(比丘尼言く、我れ自ら本宿命の時を憶念するに、戲女と作り、種種の衣服を著して舊語をきき。或る時比丘尼衣を著して、以て戲笑と爲しき。是の因を以ての故に、葉佛の時、比丘尼と作りぬ。時に自ら貴姓端正なるを恃んで慢を生じ、而も禁戒を破りつ。禁戒を破りし罪の故に、地獄に墮して種種の罪を受けき。受け畢竟りて釋牟尼佛に値ひたてまつりて出家し、六通阿羅漢道を得たり)。
以是故知。出家受戒、雖復破戒、以戒因故、得阿羅漢道。若但作惡無戒因、不得道也。我乃昔時世世墮地獄、從地獄出爲惡人。惡人死還入地獄、都無所得。今以證知、出家受戒、雖復破戒、以是因可得道果(是れを以ての故に知りぬ。出家受戒せば、復た破戒すと雖も、戒の因を以ての故に、阿羅漢道を得。若し但だ惡を作して戒の因無からんには、道を得ざるなり。我れ乃ち昔時、世世に地獄に墮し、地獄より出でては惡人爲り。惡人死しては還た地獄に入りて、都て所得無かりき。今以て證知す、出家受戒せば、復た破戒すと雖も、是の因を以て道果を得べしといふことを)。
この蓮花色阿羅漢得道の初因、さらに他の功にあらず。ただこれ袈裟を戲笑のためにその身に著せし功によりて、いま得道せり。二生に葉佛の法にあふたてまつりて比丘尼となり、三生に釋牟尼佛にあふたてまつりて大阿羅漢となり、三明六通を具足せり。三明とは、天眼宿命漏盡なり。六通とは、境通、他心通、天眼通、天耳通、宿命通、漏盡通なり。まことにそれただ作惡人とありしときは、むなしく死して地獄にいる。地獄よりいでてまた作惡人となる。戒の因あるときは、禁戒を破して地獄におちたりといへども、つひに得道の因なり。いま戲笑のため袈裟を著せる、なほこれ三生に得道す。いはんや無上菩提のために淨の信心をおこして袈裟を著せん、その功、成就せざらめやは。いかにいはんや一生のあひだ受持したてまつり、頂戴したてまつらん功、まさに廣大無量なるべし。
もし菩提心をおこさん人、いそぎ袈裟を受持頂戴すべし。この好世にあふて佛種をうゑざらん、かなしむべし。南州の人身をうけて、釋牟尼佛の法にあふたてまつり、佛法嫡嫡の師にむまれあひ、單傳直指の袈裟をうけたてまつりぬべきを、むなしくすごさん、かなしむべし。
いま袈裟正傳は、ひとり師正傳これ正嫡なり、餘師の肩をひとしくすべきにあらず。相承なき師にしたがふて袈裟を受持する、なほ功甚深なり。いはんや嫡嫡面授しきたれる正師に受持せん、まさしき如來の法子法孫ならん。まさに如來の皮肉骨髓を正傳せるなるべし。おほよそ袈裟は、三世十方の佛正傳しきたれること、いまだ斷絶せず。三世十方の佛菩薩、聲聞覺、おなじく護持しきたれるところなり。
袈裟をつくるには麁布を本とす、麁布なきがごときは細布をもちゐる。麁細の布、ともになきには絹素をもちゐる、絹布ともになきがごときは綾羅等をもちゐる。如來の聽許なり。絹布綾羅等の類、すべてなきくにには、如來また皮袈裟を聽許しまします。
おほよそ袈裟、そめて黄赤黒紫色ならしむべし。いづれも色のなかの壞色ならしむ。如來はつねに肉色の袈裟を御しましませり。これ袈裟色なり。初相傳の佛袈裟は黒色なり、西天の屈布なり、いま曹溪山にあり。西天二十八傳し、震旦五傳せり。いま曹谿古佛の遺弟、みな佛衣の故實を傳持せり、餘のおよばざるところなり。
おほよそ衣に三種あり。
一者糞掃衣、二者毳衣、三者衲衣
なり。糞掃は、さきにしめすがごとし。毳衣者、鳥獸細毛、これをなづけて毳とす。
行者若無糞掃可得、取此爲衣。衲衣者、朽故破弊、縫衲供身、不著世間好衣(行者若し糞掃の得べき無からんには、此を取りて衣を爲るべし。衲衣は、朽故破弊したるを、縫衲して身に供ず。世間の好衣を著せざれ)。
具壽波離、世尊曰、大世尊、伽胝衣、條數有幾(具壽波離、世尊にひたてまつりて曰さく、大世尊、伽胝衣は條數幾か有る)。
佛言、有九。何謂爲九、謂(佛言はく、九有り。何を謂つてか九と爲る、謂ゆる)、
九條、十一條、十三條、
十五條、十七條、十九條、
二十一條、二十三條、二十五條。
其伽胝衣、初之三品、其中壇隔、兩長一短、如是應持。次三品、三長一短、後三品、四長一短。過是條外、便成破衲(其の伽胝衣、初の三品は、其の中の壇隔は兩長一短なり、是の如く持すべし。次の三品は三長一短、後の三品は四長一短なり。是の條を過ぐるの外は、便ち破衲と成る)。
波離、復白世尊曰、大世尊、有幾種伽胝衣(波離、復た世尊に白して曰さく、大世尊、幾種の伽胝衣か有る)。
佛言、有三種、謂上中下。上者豎三肘、横五肘。下者豎二肘半、横四肘半。二内名中(佛言はく、三種有り、謂ゆる上中下なり。上は豎三肘、横五肘。下は豎二肘半、横四肘半。二の内を中と名づく)。
波離白世尊曰、大世尊、咀羅伽衣、條數有幾(波離、世尊に白して曰さく、大世尊、咀羅伽衣、條數幾か有る)。
佛言、但有七條、壇隔兩長一短(佛言はく、但だ七條のみ有りて、壇隔兩長一短なり)。
波離、白世尊曰、大世尊、七條復有幾種(波離、世尊に白して曰さく、大世尊、七條復た幾種か有る)。
佛言、有其三品、謂上中下。上者三五肘、下各減半肘、二内名中(佛言はく、其れに三品有り、謂ゆる上中下なり。上は三五肘、下は各半肘を減ず、二の内を中と名づく)。
波離白世尊曰、大世尊、安咀婆裟衣、條數有幾(波離、世尊に白して曰さく、大世尊、安咀婆裟衣、條數幾か有る)。
佛言、有五條、壇隔一長一短(佛言はく、五條有り、壇隔一長一短なり)。
波離白世尊曰、大世尊、安咀婆裟衣有幾種(波離、世尊に白して曰さく、大世尊、安咀婆裟衣幾種か有る)。
佛言、有三、謂上中下。上者三五肘、中下同前(佛言はく、三有り、謂ゆる上中下なり。上は三五肘、中下は前に同じ)。
佛言、安咀婆裟衣、復有二種。何爲二。一者豎二肘、横五肘。二者豎二、横四(佛言はく、安咀婆裟衣、復た二種有り。何をか二と爲す。一は豎二肘、横五肘。二は豎二、横四なり)。
伽胝者、譯爲重複衣。咀羅伽者、譯爲上衣。安咀婆裟衣者、譯爲内衣。又云下衣(伽胝は、譯して重複衣と爲す。咀羅伽は、譯して上衣と爲す。安咀婆裟衣は、譯して内衣と爲す。又下衣と云ふ)。
又云、伽梨衣、謂大衣也。云、入王宮衣、法衣。欝多羅、謂七條衣。中衣、又云、入衆衣。安陀會、謂五條衣。云、小衣、又云、行道衣、作務衣(又云く、伽梨衣は、謂ゆる大衣也。云く、入王宮衣、法衣なり。欝多羅は、謂く七條衣なり。中衣、又云く、入衆衣。安陀會は、謂く五條衣なり。云く、小衣。又云く、行道衣、作務衣)。
この三衣、かならず護持すべし。又伽胝衣に六十條袈裟あり。かならず受持すべし。
おほよそ、八萬歳より百歳にいたるまで、壽命の減にしたがうて、身量の長短あり。八萬歳と一百歳と、ことなることありといふ、また平等なるべしといふ。そのなかに、平等なるべしといふを正傳とせり。佛と人と、身量はるかにことなり。人身ははかりつべし。佛身はつひにはかるべからず。このゆゑに、葉佛の袈裟、いま釋牟尼佛著しましますに、長にあらず、ひろきにあらず。今釋牟尼佛の袈裟、彌勒如來著しましますに、みぢかきにあらず、せばきにあらず。佛身の長短にあらざる道理、あきらかに觀見し、決斷し、照了し、警察すべきなり。梵王のたかく色界にある、その佛頂をみたてまつらず。目連はるかに光明幡世界にいたる、その佛聲をきはめず。遠近の見聞ひとし、まことに不可思議なるものなり。如來の一切の功、みなかくのごとし。この功を念じたてまつるべし。
袈裟を裁縫するに、割截衣あり、葉衣あり、攝葉衣あり、縵衣あり。ともにこれ作法なり。その所得にしたがうて受持すべし。
佛言、三世佛袈裟、必定却刺(三世佛の袈裟は、必定して却刺なるべし)。
その衣財をえんこと、また淨を善なりとす。いはゆる糞掃衣を最上淨とす。三世の佛、ともにこれを淨としまします。そのほか、信心檀那の所施の衣、また淨なり。あるいは淨財をもていちにしてかふ、また淨なり。作衣の日限ありといへども、いま末法澆季なり、遠方邊邦なり。信心のもよほすところ、裁縫をえて受持せんにはしかじ。
在家の人天なれども、袈裟を受持することは、大乘最極の秘訣なり。いまは梵王釋王、ともに袈裟を受持せり。欲色の勝躅なり、人間には勝計すべからず。在家の菩薩、みなともに受持せり。震旦國には梁武帝、隋煬帝、ともに袈裟を受持せり。代宗、肅宗ともに袈裟を著し、家に參學し、菩薩戒を受持せり。その餘の居士婦女等の受袈裟、受佛戒のともがら、古今の勝躅なり。
日本國には聖太子、袈裟を受持し、法華勝鬘等の經講のとき、天雨寶花の奇瑞を感得す。それよりこのかた、佛法わがくにに流通せり。天下の攝なりといへども、すなはち人天の導師なり。ほとけのつかひとして衆生の父母なり。いまわがくに、袈裟の體色量ともに訛謬せりといへども、袈裟の名字を見聞する、ただこれ聖太子の御ちからなり。そのとき、邪をくだき正をたてずは、今日かなしむべし。のちに聖武皇帝、また袈裟を受持し、菩薩戒をうけまします。
しかあればすなはち、たとひ帝位なりとも、たとひ臣下なりとも、いそぎ袈裟を受持し、菩薩戒をうくべし。人身の慶幸、これよりもすぐれたるあるべからず。
有言、在家受持袈裟、一名單縫、二名俗服。乃未用却刺針而縫也。又言、在家趣道場時、具三法衣楊枝澡水食器坐具、應如比丘修行淨行(有るが言く、在家の受持する袈裟は、一に單縫と名づく、二に俗服と名づく。乃ち未だ却刺針して縫ふことを用ゐず。又言く、在家道場に趣く時は、三法衣楊枝澡水食器坐具を具して、應に比丘の如まにして淨行を修行すべし)。
古の相傳かくのごとし。ただしいま佛單傳しきたれるところ、國王大臣、居士士民にさづくる袈裟、みな却刺なり。盧行者すでに佛袈裟を正傳せり、勝躅なり。
おほよそ袈裟は、佛弟子の標幟なり。もし袈裟を受持しをはりなば、毎日に頂戴したてまつるべし。頂上に安じて、合掌してこの偈を誦す。
大哉解服、
無相田衣。
披奉如來、
廣度衆生。
(大いなる哉解服、無相田の衣。如來のを披奉して、廣くの衆生を度さん。)
しかうしてのち著すべし。袈裟におきては、師想塔想をなすべし。浣衣頂戴のときも、この偈を誦するなり。
佛言、剃頭著袈裟、佛所加護、一人出家者、天人所供養(剃頭して袈裟を著せば、佛に加護せらる。一人出家せば、天人に供養せらる)。
あきらかにしりぬ、剃頭著袈裟よりこのかた、一切佛に加護せられたてまつるなり。この佛の加護によりて、無上菩提の功圓滿すべし。この人をば、天衆人衆ともに供養するなり。
世尊告智光比丘言、法衣得十勝利(世尊、智光比丘に告げて言はく、法衣は十勝利を得)。
一者、能覆其身、遠離羞耻、具足慚愧、修行善法。
(一つには、能く其の身を覆うて、羞耻を遠離し、慚愧を具足して、善法を修行す。)
二者、遠離寒熱及以蚊蟲惡獸毒蟲、安穩修道。
(二つには、寒熱及以び蚊蟲惡獸毒蟲を遠離して、安穩に修道す。)
三者、示現沙門出家相貌、見者歡喜、遠離邪心。
(三つには、沙門出家の相貌を示現し、見る者歡喜して、邪心を遠離す。)
四者、袈裟是人天寶幢之相、尊重敬禮、得生梵天。
(四つには、袈裟はち是れ人天の寶幢の相なり、尊重し敬禮すれば、梵天に生ずることを得。)
五者、著袈裟時、生寶幢想、能滅衆罪、生。
(五つには、著袈裟の時、寶幢の想を生ぜば、能く衆罪を滅し、のを生ず。)
六者、本制袈裟、染令壞色、離五欲想、不生貪愛。
(六つには、本制の袈裟は、染めて壞色ならしむ、五欲の想を離れ、貪愛を生ぜず。)
七者、袈裟是佛淨衣、永斷煩惱、作良田故。
(七つには、袈裟は是れ佛の淨衣なり、永く煩惱を斷じて、良田と作るが故に。)
八者、身著袈裟、罪業消除、十善業道、念念長。
(八つには、身に袈裟を著せば、罪業消除し、十善業道、念念に長す。)
九者、袈裟猶如良田、能善長菩薩道故。
(九つには、袈裟は猶ほ良田の如し、能善く菩薩の道を長するが故に。)
十者、袈裟猶如甲冑、煩惱毒箭、不能害故。
(十には、袈裟は猶ほ甲冑の如し、煩惱の毒箭、害すること能はざるが故に。)
智光當知、以是因、三世佛、覺聲聞、淨出家、身著袈裟、三聖同坐解寶牀。執智慧劍、破煩惱魔、共入一味涅槃界(智光當に知るべし、是の因を以て、三世の佛、覺聲聞、淨の出家、身に袈裟を著して、三聖同じく解の寶牀に坐す。智慧の劍を執り、煩惱の魔を破り、共に一味のの涅槃界に入る)。
爾時世尊、而偈言(爾の時に世尊、而も偈をいて言く)、
智光比丘應善聽(智光比丘應に善く聽くべし)、
大田衣十勝利(大田衣に十勝利あり)。
世間衣服欲染(世間の衣服は欲染をす)、
如來法服不如是(如來の法服は是の如くならず)。
法服能遮世羞耻(法服は能く世の羞耻を遮り)、
慚愧圓滿生田(慚愧圓滿して田を生ず)。
遠離寒熱及毒蟲(寒熱及び毒蟲を遠離して)、
道心堅固得究竟(道心堅固にして究竟を得)。
示現出家離貪欲(出家を示現して貪欲を離れ)、
斷除五見正修行(五見を斷除して正修行す)。
瞻禮袈裟寶幢相(袈裟寶幢の相を瞻禮し)、
恭敬生於梵王(恭敬すれば梵王のを生ず)。
佛子披衣生塔想(佛子披衣しては塔想を生ずべし)、
生滅罪感人天(を生じ罪を滅し人天を感ず)。
肅容致敬眞沙門(肅容致敬すれば眞の沙門なり)、
所爲不染塵俗(所爲の塵俗に不染なり)。
佛稱讃爲良田(佛稱讃して良田と爲したまふ)、
利樂郡生此爲最(郡生を利樂するには此れを最れたりと爲す)。
袈裟力不思議(袈裟の力不思議なり)、
能令修植菩提行(能く菩提の行を修植せしむ)。
道芽長如春苗(道の芽の長することは春の苗の如く)、
菩提妙果類秋實(菩提の妙果は秋の實に類たり)。
堅固金剛眞甲冑(堅固金剛の眞甲冑なり)、
煩惱毒箭不能害(煩惱の毒箭も害すること能はず)。
我今略讃十勝利(我今略して十勝利を讃む)、
歴劫廣無有邊(歴劫に廣すとも邊あること無けん)。
若有龍身披一縷(若し龍有りて身に一縷を披せば)、
得金翅鳥王食(金翅鳥王の食をるることを得ん)。
若人渡海持此衣(若し人海を渡らんに、此の衣を持せば)、
不怖龍魚鬼難(龍魚鬼の難を怖れじ)。
雷電霹靂天之怒(雷電霹靂して天の怒りあらんにも)、
披袈裟者無恐畏(袈裟を披たる者は恐畏無けん)。
白衣若能親捧持(白衣若し能く親しく捧持せば)、
一切惡鬼無能近(一切の惡鬼能く近づくこと無けん)。
若能發心求出家(若し能く發心して出家を求め)、
厭離世間修佛道(世間を厭離して佛道を修せば)、
十方魔宮皆振動(十方の魔宮皆な振動し)、
是人速證法王身(是の人速やかに法王の身を證せん)。
この十勝利、ひろく佛道のもろもろの功を具足せり。長行偈頌にあらゆる功、あきらかに參學すべし。披閲してすみやかにさしおくことなかれ。句句にむかひて久參すべし。この勝利は、ただ袈裟の功なり、行者の猛利恆修のちからにあらず。
佛言、袈裟力不思議。
いたづらに凡夫賢聖のはかりしるところにあらず。
おほよそ速證法王身のとき、かならず袈裟を著せり。袈裟を著せざるものの法王身を證せること、むかしよりいまだあらざるところなり。その最第一淨の衣財は、これ糞掃衣なり。その功、あまねく大乘小乘の經律論のなかにあきらかなり。廣學諮問すべし。その餘の衣財、またかねあきらむべし。佛佛、かならずあきらめ、正傳しましますところなり、餘類のおよぶべきにあらず。
中阿含經曰(中阿含經曰く)、
復次賢、或有一人、身淨行、口意不淨行、若慧者見、生恚惱、應當除之(復た次に賢、或し一人有りて、身淨行、口意不淨行ならんに、若し慧者見て、し恚惱を生ぜば、應當に之を除すべし)。
賢或有一人、身不淨行、口淨行、若慧者見、生恚惱、當云何除(賢、或し一人有りて、身不淨行、口淨行ならんに、若し慧者見て、し恚惱を生ぜば、當に云何が除くべき)。
賢猶如阿練若比丘、持糞掃衣、見糞掃中所棄弊衣、或大便汚、或小便洟唾、及餘不淨之所染汚、見已、左手執之、右手舒張、若非大便小便洟唾、及餘不淨之所汚處、又不穿者、便裂取之。如是賢、或有一人、身不淨行、口淨行、莫念彼身不淨行。但當念彼口之淨行。若慧者見、設生恚惱、應如是除(賢、猶ほ阿練若比丘の如き、糞掃衣を持ち、糞掃の中の所棄の弊衣の、或いは大便に汚れ、或いは小便洟唾、及び餘の不淨に染汚せられたるを見んに、見已りて、左の手に之を執り、右の手に舒べ張りて、若し大便小便洟唾、及び餘の不淨に汚さるる處に非ず、又穿げざる者をば、便ち裂きて之を取る。是の如く賢、或し一人有りて、身不淨行、口淨行ならんに、彼の身の不淨行を念ふこと莫れ。但だ當に彼の口の淨行を念ふべし。若し慧者見て、設し恚惱を生ぜば、應に是のの如く除くべし)。
これ阿練若比丘の、拾糞掃衣の法なり。四種の糞掃あり、十種の糞掃あり。その糞掃をひろふとき、まづ不穿のところをえらびとる。つぎには大便小便、ひさしくそみて、ふかくして浣洗すべからざらん、またとるべからず。浣洗しつべからん、これをとるべきなり。
十種糞掃
一、牛嚼衣。
二、鼠噛衣。
三、火燒衣。
四、月水衣。
五、産婦衣。
六、廟衣。
七、塚間衣。
八、求願衣。
九、王職衣。
十、往還衣。
この十種、ひとのすつるところなり、人間のもちゐるところにあらず。これをひろうて袈裟の淨財とせり。三世佛の讃歎しましますところ、もちゐきたりましますところなり。
しかあればすなはち、この糞掃衣は、人天龍等のおもくし擁護するところなり。これをひろうて袈裟をつくるべし。これ最第一の淨財なり、最第一の淨なり。いま日本國、かくのごとく糞掃衣なし、たとひもとめんとすともあふべからず、邊地小國かなしむべし。ただ檀那所施の淨財、これをもちゐるべし。人天の布施するところの淨財、これをもちゐるべし。あるいは淨命よりうるところのものをもて、いちにして貿易せらん、またこれ袈裟につくりつべし。かくのごときの糞掃、および淨命よりえたるところは、絹にあらず、布にあらず。金銀珠玉、綾羅錦繍等にあらず、ただこれ糞掃衣なり。この糞掃は、弊衣のためにあらず、美服のためにあらず、ただこれ佛法のためなり。これを用著する、すなはち三世の佛の皮肉骨髓を正傳せるなり、正法眼藏を正傳せるなり。この功さらに、人天に問著すべからず、佛に參學すべし。
正法眼藏袈裟功第三
予在宋のそのかみ、長連牀に功夫せしとき、齊肩の隣單をみるに、開靜のときごとに、袈裟をささげて頂上に安じ、合掌恭敬し、一偈を默誦す。その偈にいはく、
大哉解服、無相田衣。
披奉如來、廣度衆生。
ときに予、未曾見のおもひを生じ、歡喜身にあまり、感涙ひそかにおちて衣襟をひたす。その旨趣は、そのかみ阿含經を披閲せしとき、頂戴袈裟の文をみるといへども、その儀則いまだあきらめず。いままのあたりにみる、歡喜隨喜し、ひそかにおもはく、あはれむべし、土にありしとき、をしふる師匠なし、すすむる善友あらず。いくばくかいたづらにすぐる光陰ををしまざる、かなしまざらめやは。いまの見聞するところ、宿善よろこぶべし。もしいたづらに間にあらば、いかでかまさしく佛衣を相承著用せる寶に隣肩することをえん。悲喜ひとかたならず、感涙千萬行。
ときにひそかに發願す、いかにしてかわれ不肖なりといふとも、佛法の嫡嗣となり、正法を正傳して、土の衆生をあはれむに、佛正傳の衣法を見聞せしめん。かのときの發願いまむなしからず、袈裟を受持せる在家出家の菩薩おほし、歡喜するところなり。受持袈裟のともがら、かならず日夜に頂戴すべし、殊勝最勝の功なるべし。一句一偈を見聞は、若樹若石の見聞、あまねく九道にかぎらざるべし。袈裟正傳の功、わづかに一日一夜なりとも、最勝最上なるべし。
大宋嘉定十七年癸未十月中に、高麗二人ありて、慶元府にきたれり。一人は智玄となづけ、一人は景雲といふ。この二人、しきりに佛經の義を談ずといへども、さらに文學士なり。しかあれども、袈裟なし、鉢盂なし、俗人のごとし。あはれむべし、比丘形なりといへども比丘法なし、小國邊地のしかあらしむるならん。日本國の比丘形のともがら、他國にゆかんとき、またかの智玄等にひとしからん。
釋牟尼佛、十二年中頂戴してさしおきましまさざりき。すでに遠孫なり、これを學すべし。いたづらに名利のために天を拜しを拜し、王を拜し臣を拜する頂門をめぐらして、佛衣頂戴に廻向せん、よろこぶべきなり。
ときに仁治元年庚子開冬日在觀音導利興聖寶林寺示衆
建長乙卯夏安居日令義演書記書寫畢
同七月初五日一校了 以御草案爲本
建治元年丙子五月廿五日書寫了